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【<ruby>雨<rt>あめ</rt></ruby>の<ruby>日<rt>ひ</rt></ruby>】<ruby>嵯峨野<rt>さがの</rt></ruby>「<ruby>落柿舎<rt>らくししゃ</rt></ruby>」で、<ruby>雨<rt>あめ</rt></ruby>の <ruby>音<rt>おと</rt></ruby>を <ruby>聞<rt>き</rt></ruby>く
  • あめ嵯峨野さがの落柿舎らくししゃ」で、あめの おとを 

あめ嵯峨野さがの落柿舎らくししゃ」で、あめの おとを 

京都 2019.06.19 お気に入り

雨(あめ)の日(ひ)に 京都(きょうと)へ 行(い)ったら、落柿舎(らくししゃ)へ 行きませんか。そこは 江戸時代(えどじだい)の 景色(けしき)が 残(のこ)る 場所(ばしょ)ですよ。 

Translated by rei sugimoto

Written by Atsuko Yagura

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俳句(はいく)。それは 5・7・5の 17文字(もじ)で つくる、(みじか)い ()です。
(むかし)から、俳人(はいじん)という 俳句(はいく)を ()む (ひと)たちが、自然(しぜん)(nature)の (うつく)しい 景色(けしき)や その(ひと)の 気持(きも)ちを 俳句(はいく)に しました。そして その言葉(ことば)や テンポの (うつく)しさは (むかし)から (おお)くの(ひと)が 大好(だいす)きです。

その俳句(はいく)に 関係(かんけい)する(ひと)で とても 有名(ゆうめい)(ひと)が います。俳聖(はいせい)と ()ばれた 松尾(まつお)芭蕉(ばしょう)です。

江戸(えど)時代(じだい)(Edo period)に 日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)へ ()って、(おお)くの すばらしい 俳句(はいく)や 「(おく)細道(ほそみち)」「嵯峨(さが)日記(にっき)」などの 紀行(きこう)(ぶん)((たび)について ()いた (ほん))を ()きました。

それまで 俳句(はいく)は ()(つう)の (ひと)たちが (たの)しんでいるだけでした。松尾(まつお)芭蕉(ばしょう)は その 俳句(はいく)を より すばらしい 芸術(げいじゅつ)作品(さくひん)(art)に しました。

さて、俳聖(はいせい)芭蕉(ばしょう)は 「(あめ)」を どのように ()んだのでしょうか。

京都(きょうと)の 嵐山(あらしやま)の (おく)にある 嵯峨野(さがの)には 俳人(はいじん) 向井(むかい)去来(きょらい)の 別荘(べっそう)(villa)で ある (らく)()(しゃ)が あります。 芭蕉(ばしょう)も ここを (おとず)れて 「嵯峨(さが)日記(にっき)」を ()いたそうです。

今回(こんかい)は その(らく)()(しゃ)を (おとず)れて みました。

江戸(えど)時代(じだい)のような 景色(けしき)が ある 場所(ばしょ)

嵐山(あらしやま)から 嵯峨野(さがの)のほうへ、とことこ (ある)いて 20(ぷん)

(はたけ)や 竹林(ちくりん)が ()えてくると、ひっそりと (かお)を ()したのが 「落柿舎らくししゃ」です。

 

()(まえ)の 麦畑(むぎばたけ)(Wheat field)のほうが ()になって  ()づかないぐらい、ひっそりと あります。

DSCF5572-002

(もん)(()(ぐち))を (とお)ると、(いま)が 江戸(えど)時代(じだい)(Edo Period)のようです。

()(ぐち)に かけてある (みの)(straw raincoat)と (かさ)((むかし)の 帽子(ぼうし))は、本当(ほんとう)は 庵主(あんしゅ)(master's presence)が いるか いないかを (あらわ)している ものだったそうです。

(そと)だけでなく (なか)も この(とお)り。ここに こもって(ずっと いて)、芭蕉(ばしょう)は 俳句(はいく)を ()んだり 紀行(きこう)(ぶん)を ()いたりしたのかもしれません。

(しず)かで 呼吸(こきゅう)((いき)を ()ったり はいたりすること)すら 丁寧(ていねい)に なる 場所(ばしょ)です。(わたし)も ここに ()んでみたいです。

縁側(えんがわ)に (すわ)って、ゆっくり (にわ)を ()ることも できます。

(にわ)の 景色(けしき)の なかに ある 俳句(はいく)の 世界(せかい)

(らく)()(しゃ)の (にわ)には、たくさんの (はな)や ()が あります。

 

俳句(はいく)では 季語(きご)という 季節(きせつ)を (あらわ)す 言葉(ことば)を 使(つか)います。

その季語(きご)に なっている ()や (はな)が この (にわ)には 100以上(いじょう)も あります。ですから 季節(きせつ)で 全然(ぜんぜん) (ちが)う 景色(けしき)になる と(おも)います。

あ、もちろん (かき)(Japanese persimmon)の()も ありました。

(らく)()(しゃ)という (すこ)し ()わった 名前(なまえ)は、(にわ)に あった 40(ぽん)の (かき)()が 一夜(いちや)の うちに ほとんど ()ちていたことから つけられたそうです。

そして (にわ)の (なか)には 松尾(まつお)芭蕉(ばしょう)向井(むかい)去来(きょらい)を はじめ 有名(ゆうめい)な 俳人(はいじん)たちが (らく)()(しゃ)()んだ 句碑(くひ)(俳句(はいく)が ()いてある (いし))が ずらりと (なら)んでいます。

この(ひと)は ここで こんな()を ()んだのか としみじみ します。

 

そして、()つけました! 松尾(まつお)芭蕉(ばしょう)の (あめ)()

五月雨さみだれ色紙しきしへぎたる かべあと

芭蕉(ばしょう)が「嵯峨(さが)日記(にっき)」の 最後(さいご)に ()いた ()です。

 

梅雨(つゆ)の じめじめとした(humid) 空気(くうき)の (なか)で、(かべ)の 色紙(いろがみ)が ()がされた あとが ()に (はい)り、それが (かな)しく()える という 意味(いみ)だそうです。

ちなみに この俳句(はいく)を ()んだ (つぎ)()には、(らく)()(しゃ)を 出発(しゅっぱつ)する 予定(よてい)だったらしいです。

(らく)()(しゃ)を 出発(しゅっぱつ)する (かな)しい 気持(きも)ちと、五月雨(さみだれ)(いまの 6月頃がつごろの あめ)の (かな)しい 気持(きも)ちを (かさ)ねて ()んだものだそうです。

すばらしい 俳句(はいく)を ()て 「(わたし)も ()んで みたいです」と(おも)ったら、写真(しゃしん)の ものを ()つけてください。

(にわ)に ()いてある 投句(とうく)(ばこ)(俳句(はいく)を ()れる (はこ))です。

こちらに ()れた 俳句(はいく)は (あつ)めて、(らく)()(しゃ)の 季刊(きかん)()(季節(きせつ)ごとに (つく)る 雑誌(ざっし))に ()りますよ。

Information

落柿舎らくししゃ

住所(じゅうしょ)京都(きょうと)() 右京(うきょう)() 嵯峨(さが) 小倉山(おぐらやま) ()明神(みょうじん)(まち)20
時間(じかん):9:00~17:00(1月(いちがつ)2月(にがつ)は10:00~16:00)
(はい)るお(かね):250(えん)
やすみ:12月(じゅうにがつ)31(にち)1月(いちがつ)1(にち)
ことば:日本語(にほんご)
いきかた:JR「嵯峨(さが)嵐山(あらしやま)(えき)」から (ある)いて 15(ふん)阪急(はんきゅう)嵐山(あらしやま)(えき)」から (ある)いて 30(ぷん)
()バス・京都(きょうと)バス 嵯峨(さが)小学校(しょうがっこう)(まえ)から (ある)いて (やく)10(ぷん)電話(でんわ)番号(ばんごう):075-881-1953
website:http://www.rakushisha.jp/

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