日本と西洋の技術が融合!建築目線で楽しむ世界遺産・富岡製糸場
群馬県の世界遺産・富岡製糸場。日本と西洋の技術が融合した「木骨煉瓦造」の建築は、建築ファン必見です。産業史だけでなく、建築という新たな視点から富岡製糸場の魅力を再発見してみませんか。
日本と西洋の建築技術が融合した世界遺産「富岡製糸場」

群馬県富岡市にある富岡製糸場は、1872年に創業した日本初の本格的な器械製糸工場です。2014年に世界遺産に登録され、日本の近代化を象徴する産業遺産として世界中から注目を集めています。
しかし、富岡製糸場の魅力は産業史や生糸生産の歴史だけではありません。西洋の建築技術と日本の伝統技術が融合した建築にも、見逃せない価値があります。
「木骨煉瓦造」という西洋の工法を採用しながら屋根には日本瓦を使用するなど、フランス人技師の設計指導のもと日本人職人の手で建てられたこの建築は、明治日本の「挑戦」を今に伝えています。
この記事では、富岡製糸場を建築という視点から深掘りし、主要な建物の魅力をご紹介します。
富岡製糸場のシンボル「東置繭所(ひがしおきまゆじょ)」に見る木骨煉瓦造

富岡製糸場で最初に目に入るのが、入口正面にそびえる東置繭所です。富岡製糸場の顔であるこの巨大な繭倉庫は、「木骨煉瓦造」を最も理解しやすい建物といえます。
木骨煉瓦造とは、木材で骨組みを組み立て、その間に煉瓦を積み上げて壁をつくる工法です。建物の重量を支えるのは木の柱と梁で、煉瓦壁は主に間仕切りや外装の役割を果たします。日本の伝統的な木造建築と西洋の煉瓦積みを組み合わせた、和洋折衷の建築です。

煉瓦の積み方にも注目してみてください。主に採用されているのは、煉瓦の長い面と短い面を同じ段の中で交互に並べる「フランス積み」ですが、一部では長い面の段と短い面の段を交互に積み重ねる「イギリス積み」になっている箇所もあります。この煉瓦を焼いたのは、埼玉県深谷市から呼び寄せられた瓦職人たちです。フランス人技師の指導を受けながら試行錯誤を重ね、製糸場専用の煉瓦を完成させました。
ここで日本の職人技術と西洋の知識が出会い、新たな建築が生まれたのですね。
繰糸所で感じる、官営製糸工場としての迫力

東置繭所の左手奥に進むと、富岡製糸場の心臓部とも言える繰糸所に到着します。東置繭所と同様に木骨煉瓦造で建てられた、長さ約140メートル、幅約12メートルの巨大な建造物です。かつては300釜もの繰糸器が並び、女工たちが生糸を作り出していました。
建物の中に入ると、まず目を奪われるのが天井です。柱を使わずに大空間を実現するトラス構造が採用され、三角形を組み合わせた木の骨組みが美しい幾何学模様を描いています。柱のない広々とした作業空間を見ていると、300人もの女工が効率よく働けるよう配慮されていたのではないかと想像が膨らみました。
窓の鉄枠やガラス、扉の蝶番などはフランスから輸入されたもので、細部にわたって西洋の技術が取り入れられていることが分かるのではないでしょうか。
操業停止時の繰糸機がそのまま展示され、当時の作業風景を想像することができます。広々とした空間に立ち、天井を見上げれば、日本の近代化を支えた官営製糸工場の迫力を体感できるはずです。
高温多湿の環境に適応したコロニアル様式を採用した「首長館」

製糸場の敷地内には、フランス人技師ポール・ブリュナが暮らした首長館も残されています。
この建物の特徴は、植民地時代にイギリスやオランダ、スペイン、フランスの植民地に見られた建築様式、コロニアル様式を採用していることです。ベランダが建物を取り囲むように配置され、高温多湿や直射日光を防ぐ工夫が見られます。
このコロニアル様式は、大航海時代以来ヨーロッパ人が進出した暑い地域で生まれ、アフリカを回ってインドに至り、東南アジアを経て中国から日本にたどり着いたと考えられています。
一方、イギリスから大西洋を渡ってアメリカ大陸を横断した「下見板(したみいた)コロニアル」も日本に到達しました。15世紀半ばから400年にも及ぶ長い旅の終着地がここ日本だったというのは、興味深いことではないでしょうか。
また、首長館は東置繭所よりも後に建てられたため、煉瓦積みの技術が明らかに進化しています。瓦職人たちはフランス人技師の指導を受けながら試行錯誤を重ね、次第に技術を習得していったのでしょう。東置繭所では不揃いだった煉瓦の積み方も、首長館では整然と、美しく仕上がっています。
日本の職人技術と西洋の建築様式が融合し、さらに磨かれていく——首長館はその一つの証かもしれません。
現在の技術で保存・活用を実現した「西置繭所」にも注目

富岡製糸場では、明治時代の建築技術だけでなく、現代の保存・活用技術も知ることができます。西置繭所の建物内部には、ガラスボックスで囲まれた展示スペースや休憩エリアが設けられています。
このガラスボックスの最大の目的は耐震補強です。鉄骨と組み合わせることで、現在の耐震基準を満たしています。同時に、見学者と建物を隔てることで、汚れや湿度の変化、空調の風から文化財を守る役割も果たしています。

また、できるだけ細い鉄骨を使うことで、国宝の雰囲気を損なわないよう工夫している点にも注目です。壁面に設置された富岡製糸場の歴史を示す年表は、写真や資料、映像を使った美しい仕上がりになっています。
日本建築学会賞を受賞したこの取り組みは、歴史的建造物の未来を考えるヒントを与えてくれそうです。
まとめ:東西、そして現代の技術が融合する世界遺産・富岡製糸場
日本の近代化を支えたモデル工場・富岡製糸場は、日本の伝統的な木造技術と西洋の煉瓦、さらには世界各地から400年かけて旅してきた建築様式が出会い、融合した場所でもあります。
木骨煉瓦造の美しさ、職人たちの試行錯誤の跡、そして現代の保存技術まで——建築の視点で巡れば、きっと新たな発見が待っているでしょう。
一般社団法人富岡市観光協会は、富岡製糸場及び妙義山を中心とした富岡市全般の観光資源を活用し、観光地域づくり法人(登録DMO)として、観光に関わる人たちと連携し「稼げる観光地域づくり」を推進して観光振興を図ることにより、交流人口の増加及び地域経済の発展に寄与することを目的とする。