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武田双雲の日本文化入門〜心楽し〜第2回 書道家として独立を決断
書道家・現代アーティストの武田双雲さんが日本文化を読み解く連載寄稿「双雲の日本文化入門〜心楽し〜」。第2回目は、双雲さんが書道家として独立を決めたきっかけを紹介します。
書道家・現代アーティスト 武田双雲とは?
武田双雲(たけだ そううん)さんは熊本県出身、1975年生まれの書道家で、現代アーティスト。企業勤めを経て2001年に書道家として独立。以後、多数のドラマや映画のタイトル文字の書を手掛けています。
近年は、米国をはじめ世界各地で書道ワークショップや個展を開き、書道の素晴らしさを伝えています。
武田双雲さんの公式HP:https://souun.net/
本連載では、双雲さんに、書道を通じて日本文化の真髄を語っていただきます。
連載第2回 書道家として独立を決断
企業入社時(母と)
僕は大企業に勤めていた時に、メモを筆と墨で書いたことがきっかけで、噂が他の部署まで広がり、「部署の目標を書いてほしい」「お客様への手紙を代筆してほしい」と頼まれるようになりました。
ある日、営業部の女性から「私の名前を書いてくれない?」と言われました。ランチを奢ってくれるというので、僕は喜んで書きました。
筆で彼女の名前を書き終えた時でした。彼女は涙を流しながら僕に感動を伝えてくれました。「私ね、自分の名前が嫌いだったの。でもこの書を見たら好きになれた気がするの。名前をつけてくれた両親とあまり仲が良くなくて……。 これを機に久々に連絡してみる」。
気が付くと、僕も涙が溢れていました。人生でこれまで体験したことのない涙でした。まさか自分が人を感動させることができるなんて思いもしなかったのですが、僕の書が想像を超えて、彼女に伝わったのです。
その時、稲妻に打たれたように、ひとつの夢が生まれました。それは「たくさんの名前や言葉を書いて人々を感動させたい、その人の人生をよりよくしたい!」というものでした。
社会人生活のひとシーン
僕は衝動的にその場で辞表を書きました。そして上司に持っていって、「大きな夢ができてしまったので辞めます」と伝えました。猛反対され、何度も面接を受け引き止められましたが、僕は諦めず説得を続けました。
独立したのはその半年後ですが、それまでは会社に恩返しをしようと一生懸命、営業活動をしました。すると、一気に成績が伸びました。そこで学んだのは、自分の会社とお客さんを喜ばせようとするほど、上手くいくということでした。
路上で
会社をやめる直前のことです。会社からの帰り道に、横浜駅の前でサックスを演奏するストリートミュージシャンに出会いました。その美しい音色に心打たれ、最後まで演奏を聴いた後、思わず彼に声をかけました。「あの、僕はこれから書道家として独立するのですが、アドバイスをください」と。
すると彼は「明日、別の駅でまたストリートパフォーマンスをするんやけど、ついてきたらええやん。君も隣で書道でもやってみたら?」と言われました。
よくわからないまま翌日、会社を休んで彼についていき、5メートルほど離れた場所で地べたに座り、書道を始めました。彼はスッとサックス演奏を始め、次々と人々の足を止め、大きな拍手をもらっていました。
僕は緊張でガチガチでしたが、勇気を振り絞り、書道の道具を取り出して色紙に書を書きました。
でも誰も足を止めません。今思うと、それは当たり前です。ただ、ひたすら書いているだけだったので、通行人は僕が何をやっているか、わからなかったのです。
1日目は誰も足を止めることなく終わりました。しかし2日目、創意工夫を始めたところからまた奇跡が起きたのです。