北陸3県で発酵の神秘と魅力に出会う旅
日本には多様な発酵食が存在し、日本の発酵文化は世界の食の潮流にも影響を与えています。今回はシェフや美食家の間で近年ブームになっている「麹」、日本酒の製造過程で生まれる「酒粕」に着目した発酵を体験する旅をご紹介!
近年、海外の一流シェフや料理愛好家の間で「麹(こうじ)」が注目を集めています。日本には味噌や醤油、納豆、日本酒など、独自に発達した多様な発酵食品が存在し、古来から人々の食を支えてきました。
その発酵文化の真髄に触れられるのが、今も伝統を大切に守り続け、発酵文化が日常に息づく富山・石川・福井からなる北陸地方です。本記事ではなかでも米の発酵に注目し、富山の「石黒種麹店」、石川の「四十萬谷本舗」、そして福井の「五作荘」を訪ね、北陸の発酵の奥深さをご紹介します。
麹の源流に出会う──富山県南砺市「石黒種麹店」

富山県南砺市にある「石黒種麹店」は、北陸で唯一、全国でも10軒ほどしかない「種麹(たねこうじ)」の生産者の一つです。記録として残る創業は1895年(明治28年)ですが、家業として麹づくりを続けてきた歴史は江戸時代の文政年間、1800年代前半までさかのぼるといいます。

「種麹」とは、味噌や醤油、日本酒、甘酒など米麹を用いて作られる発酵食品の基盤となる「麹のもと」。「種麹」は米麹をつくる際に必要な麹菌の胞子で、「米麹(こめこうじ)」は蒸した米に種麹を繁殖させてつくります。米麹は米と混ぜて発酵させると甘酒や日本酒になり、大豆と混ぜて発酵させると味噌をつくることができます。

「石黒種麹店」でつくられた種麹は、地元はもちろん、全国の味噌蔵や麹屋に届けられ、それぞれの土地の食文化を支えてきた、いわば日本の食の根幹を担う存在です。
手仕事が生む、唯一無二の麹
現在、麹づくりは機械化が進んでいますが、「石黒種麹店」では米麹も種麹も創業当時からの伝統を守って手作りされています。特徴的なのは「こうじ蓋製法」。木製の小箱に蒸した米を入れ、専用の「室(むろ)」で発酵させる製法です。室の内部は麹菌が出す発酵熱で温度32℃、湿度は約90%に保たれ、麹菌が米の奥深くまで伸びていき、上質な米麹ができあがります。

「手作業だからこそ、菌の力を最大限に引き出せる。秘伝の種麹づくりは一子相伝で、石黒種麹店で種麹をつくれるのは後継と決まった者だけ。いま一人息子に代々伝わる種麹の製法を教えていますが、厳しい家訓で妻や兄弟、従業員には教えられないんですよ」と話す石黒八郎(いしくろ はちろう)さんは、麹屋として8代目、種麹屋として4代目の当主。

米の一粒一粒に麹菌が行き渡った「石黒種麹店」の米麹は、真っ白で雪のような美しさ。こうしてできた麹は、自然な甘みを持ち、酵素の力が非常に強いのが特徴。美味しさだけでなく健康・美容面からも注目され、料理人や発酵愛好家からも高い評価を得ています。

富山の風土が育む発酵文化
麹づくりに適した土地として、富山県南砺市の気候も見逃せません。冬は寒さが厳しく雪も多く、夏は湿度が高い。この環境が発酵を助け、上質の水と米に恵まれた土地柄も、味噌や「かぶら寿し」など、北陸ならではの発酵食文化を育んできました。今もこの地域の家庭で自家製味噌を仕込む習慣が残るのは、こうした土地の力が背景にあります。
「石黒種麹店」では、伝統的な米麹をはじめ、塩麹や甘酒などの商品も展開しています。富山県産のコシヒカリと新大正もち米、かくし味の能登の海水塩を使った甘酒は、無添加にこだわり、滋味深く、体にやさしい味わいです。さらに、かぶら寿し用の甘酒や漬物用の麹など、地域の食卓と結びついた商品も揃います。「味噌づくりには石黒さんの麹でなければ」「石黒さんの麹の甘酒で作ると、かぶら寿しが美味しくできる」という根強いファンも多い。

米麹と米、水だけでつくられた甘酒は「飲む点滴」とも呼ばれ、発酵から生まれるブドウ糖や必須アミノ酸、ビタミンB群を豊富に含みます。そのまま飲める気軽なミニボトル入りの甘酒、希釈して飲む袋詰めタイプの甘酒もあります。美容によいことや、腸内環境を整え免疫力を高める効果などが注目され人気を集めています

店の暖簾をくぐると、そこには100年以上にわたり続いてきた手仕事と、土地の風土が息づいています。「石黒種麹店」を訪れることは、単に買い物をするだけでなく、日本の食文化の源流に触れる体験となるでしょう。

石黒種麹店
富山県南砺市福光新町54
TEL 0763-52-0128
[営]月〜金曜 9:00~18:00、土曜・祝日 10:00~17:00
[休]日曜
[アクセス]
◆東海北陸自動車道 福光ICより車で8分
◆東京より北陸新幹線で金沢駅まで約2時間30分
金沢駅西口からバスで福光駅まで約50分、福光駅より徒歩10分
◆東京より北陸新幹線で新高岡駅まで約2時間40分
新高岡駅から城端線で福光駅まで約40分
麹が生み出すご馳走「かぶら寿し」──石川県金沢市「四十萬谷本舗」

金沢の町家が残る一角に佇む「四十萬谷本舗(しじまやほんぽ)」は、1875年(明治8年)に創業した老舗の発酵食品店です。白山の清らかな伏流水に恵まれた土地で、初代・四十萬谷輿右衛門(しじまや よえもん)が醤油屋を開いたのが始まり。その後、味噌や麹、漬物へと手を広げ、今では石川を代表する発酵文化の担い手として知られています。
カブ・ブリ・麹が三位一体となった「かぶら寿し」
「四十萬谷本舗」の代名詞とも言えるのが「かぶら寿し」です。石川県や富山県西部で作られる郷土料理で、塩漬けした大きなカブ(蕪)に塩漬けしたブリ(鰤)を挟み、米麹で漬け込んで発酵させたものです。乳酸発酵によるまろやかな酸味と旨みが特徴で、冬のご馳走やお正月の料理として重宝される伝統的な発酵食品です。

カブはしっとり・シャキシャキとした食感で、間に挟んだブリは生ハムのように旨みが凝縮されています。麹のやさしい甘さと、乳酸発酵によるほのかな酸味が全体を包み、三位一体の美味しさを醸し出します。

本来「かぶら寿し」は冬の料理でしたが、「四十萬谷本舗」では現代の食卓に合わせて季節を問わず安定した品質で提供できるように工夫し、夏でも楽しめる「かぶら寿し」や通年で提供できる「大根寿し」も展開しています。

左の「かぶら寿し」はカブに塩漬けしたブリを挟んで麹で発酵させたもの。右の「だいこん寿司」は、大根にニシンをのせて麹で発酵させた郷土料理。
発酵は季節や気候に左右されやすい繊細なものですが、「四十萬谷本舗」では、従来の職人の経験と勘に加えて、新しい技術を導入し、温度や湿度を精密に管理。伝統の味を守りつつ、安定した品質と美味しさを実現しています。

寿司のルーツと「かぶら寿し」の歴史
ところで、「かぶら寿し」を見て、イメージしていた寿司とは違うと感じませんでしたか? 和食を代表する寿司といえば、ごはんに酢と調味料で味付けした酢飯に、魚などのネタをのせて握った握り寿司。なかには野菜を使った寿司もあるので、酢飯にカブを添えた姿を想像した人もいるかもしれません。

左は一般的な握り寿司、右が「かぶら寿し」。
見た目も味も異なる両者ですが、野菜のカブにブリを挟んで米麹で漬け込んだ「かぶら寿し」も、握り寿司もルーツをたどると同じ祖先へ行き着きます。「かぶら寿し」は「熟鮓(なれずし)」や「いずし」の一種で、握り寿司より歴史が古い寿司のスタイルなのです。
日本のすしの原型は東南アジアにあります。東南アジアでは、雨季に沢山獲れた魚を、魚が獲れない乾季に食べられるように塩漬けにしていました。やがて米などのデンプン質を加えて発酵させるようになり、それが日本へ稲作とともに伝わったといわれています。
平安時代の初期、西暦900年代に編集された『延喜式』には、鮎・鮒・鮭などの「すし」が記されています。ただし、これらは魚を塩と米飯で乳酸発酵させた「熟鮓(なれずし)」のこと。やがて酸味を乳酸発酵ではなく、酢を使って加えた即席のすし「押しずし」や「巻きずし」が生まれ、江戸時代後期には、現代の酢飯に魚介などのすしネタを合わせる「握りずし」が誕生しました。

「かぶら寿し」を食べる石川県、富山県は寒鰤の産地として知られる。「かぶら寿し」は冬が旬のブリとカブを美味しく食べる伝統料理。
魚と野菜を塩・米・麹で漬けて発酵させたものを「いずし」と呼び、「かぶら寿し」も「いずし」の一種です。「いずし」は東北から北陸の日本海側に分布し、韓国の日本海側にもよく似た「シッケ」というものがあります。「かぶら寿し」の原型は、加賀藩の料理人・舟木安信の記録『塩鰤の鮓(しおぶりのすし)』に見ることができます。
「食べる」だけでなく「体験する」発酵文化

金沢市弥生にある本店は、約150年前に建てられた町家づくりの建物で、梁には太い赤松が使われ、どっしりと風格ある佇まいです。重要伝統的建造物保存地区に位置する空間そのものが歴史を物語り、訪れる人をタイムスリップさせてくれます。

併設のカフェで自社商品を使った発酵メニューや予約制のランチなどが楽しめ、趣ある町家空間で漬物づくりのワークショップも体験でき、まさに旅行者にとっては「食べて・学んで・体験できる」場所となっています。

週1回ほどの特定日に提供している特製の予約制ランチ。発酵食や「四十萬谷本舗」の漬け物を使ったランチが楽しめる。

11月と1〜3月には「かぶら寿し体験教室」、4月〜10月には「糠漬け体験教室」「糀漬け体験教室」などの体験型のワークショップが開催されます。実習の前には金沢の発酵文化についてのレクチャーもあり、予約制で観光と学びが一体化した貴重な体験ができます。

漬け込み体験とは別に「武家・町民文化体験」も人気で、密かに海外セレブも訪れているとか。「四十萬谷本舗」は、武家(サムライ)文化が生活に根付いた金沢の地で商売を続け、町人文化を脈々と受け継いできました。また一方で、武家からの嫁入り、武家の流れをくむ当主などの関係で、武家文化の影響も生活の中に息づいていることから、こうした体験ワークショップを展開しています。

四十萬谷本舗 本店
金沢市弥生1丁目17-28
TEL 076-241-3122
[営] 9:00〜18:00、カフェ9:00〜16:30LO
[休]日曜
[アクセス]
◆東京より北陸新幹線で金沢駅まで約2時間30分
バス:JR金沢駅より泉野三丁目経由にて「沼田町」下車、沼田町バス停から徒歩5分
タクシー:JR金沢駅より約15分
酒粕が拓く発酵の妙──福井県大飯郡高浜町「五作荘」

福井県大飯郡高浜町、若狭湾のそばに佇む料理旅館「五作荘(ごさくそう)」は、フグ料理の名店として知られています。若狭湾は日本で最北のトラフグ養殖生産地で、「若狭ふぐ」は若狭湾で養殖されたトラフグのブランドです。日本海のきれいな海と水温で育てられた「若狭ふぐ」は身のしまりがよく、身質が天然にも劣らないと定評があります。

料理旅館「五作荘」の趣ある食事スペース。フグ料理のコースがついた宿泊も、食事だけの予約もできる。
「五作荘」の店名は4代目・今井悠介さんの曽祖父にあたる、初代・今井五作さんの名に由来します。今井五作さんは、若狭湾で「蓄養(ちくよう)」を成功させ、今日のフグ養殖の礎を築いた人物です。
フグが美味しいシーズンは「秋の彼岸から春の彼岸」といわれ、時季外れのふぐは価値の無いものとして、海上や浜で打ち捨てられていました。若狭地域でも4月から5月にかけて定置網や刺網にかかるフグは、網を食いちぎり漁師の大切な商売道具を壊してしまう厄介者でしたが、そこに目を付けたのが今井五作さんです。

1953年(昭和28年)、五作さんは「春に獲れたフグを冬まで生かすことはできないか」と考え、水産試験場に相談を持ちかけましたが、当時はフグを生かしたまま夏を越させることは日本中どこにも例がないと一蹴されました。しかし諦めずに、若狭湾で獲れた天然フグを海で囲い育てることに挑戦。最初は失敗続きでしたが、4年目に努力が結実し、春先に定置網に入ったトラフグを、海の一部を金網で仕切った囲い網の中で育てる「蓄養」に成功しました。
この「蓄養」を発端に、若狭湾では人工的に稚魚を作る技術が開発され、福井県では昭和58年に高浜町の内浦湾で稚魚を育てる養殖試験が始まり、その後トラフグ養殖が若狭湾全体に広がっていきました。今井五作さんは「若狭ふぐ」の父ともいえる存在です。
蓄養で一年中おいしくフグを味わえる
養殖の「若狭ふぐ」を提供している飲食店は多数ありますが、そのほとんどが冬季の提供です。しかし、「五作荘」では「蓄養」の技術で、一年を通して新鮮で美味しいフグ料理を提供し、宿泊でも日帰りの食事利用でも味わうことができます。

フグは独特な弾力ある食感と濃厚な旨みから美食家たちに愛される高級和食の珍味です。刺身、鍋(てっちり)、唐揚げなど、多様な調理法で楽しまれます。オスの白子はクリーミーで濃厚な味わいから、最上級の珍味として知られています。高タンパクで低脂肪、コラーゲンも含まれて美容や健康にもよいとされています。

フグは日本で古くから食されてきましたが、種類や部位によってテトロドトキシンという猛毒が含まれています。当たったら死ぬことから「鉄砲(てっぽう)」に喩えられ、刺身は「てっさ」、鍋は「てっちり」と呼ばれます。毒の位置やフグの種類を正確に理解し、食用に調理・提供することが必要なため、「ふぐ調理師免許」を持つ料理人のみが調理できます。もちろん「五作荘」では安心して食すことができます。
3年かけて生まれる奇跡の味「福珠」
「五作荘」では極上のフグ料理が楽しめますが、ぜひ注目したいのが「ふぐの卵巣の粕漬け」です。通常、フグの卵巣は強い毒を持ち、食べることはできませんが、初代・今井五作は、近隣の漁師が「へしこ」に倣って魚を発酵保存していた知恵を応用し、試行錯誤を重ねて卵巣を無毒化することに成功しました。
※福井県では、サバなどの青魚を塩漬けにした後、米糠に漬け込んで長期間熟成させる発酵保存食も広く親しまれ、石川県の一部地域ではフグの卵巣を塩と米糠に漬けて無毒化する郷土料理がある。

その製法は実に独特で、まず2年間フグの卵巣を塩漬けにし、その後さらに1年間、酒粕に漬け込みます。仕込みから完成まで3年。千夜を超える熟成ののち、ようやく無毒化したフグの卵巣が食べられるようになります。琥珀色に輝くフグの卵巣は単に毒が抜けただけでなく、濃厚で深みのある旨味を持つ珍味へと昇華された逸品です。まさに奇跡の発酵食品で、千夜の軌跡「福珠(ふくじゅ)」と名付けられました。

千夜の軌跡「福珠(ふくじゅ)」は商品化され購入も可能。
そのまま酒のあてとして、ご飯のお供やパスタの味付け、クリームチーズと和えるなど、さまざまな食べ方で楽しめます。福井県の銘酒「梵」の純米大吟醸酒粕に漬け込んでいるので、雑味のない澄んだ香りと深みを持つ酒粕が、天然フグの卵巣と響き合い極上の風味を醸し出しています。「梵」の日本酒との相性はもちろん抜群です!

フグは「福(ふく/意味は幸福)」とも呼ばれ、縁起のよい魚として知られます。その卵巣を3年かけて仕上げる「福珠」は、五作が生涯をかけた挑戦の結晶であり、今や若狭の宝物。琥珀色の粒が舌の上でほどけると、濃厚な旨味と酒粕の香りが広がり、発酵の神秘に包まれる瞬間を体感できます。「五作荘」を訪れることは、フグ料理を味わうだけでなく、北陸に根づいた発酵文化の奥深さと、挑戦の歴史に触れる旅になるでしょう。

ふぐ料理 五作荘
福井県大飯郡高浜町和田131-16-1
TEL 0770-72-0164
[チェックイン]16:00~18:00
[チェックアウト]~10:00
[営]ランチ11:00~、ディナー17:00〜
[休]不定休 ※完全予約制
[アクセス]
◆東京より北陸新幹線で敦賀駅まで約2時間30分
JR敦賀駅から若狭和田駅まで約1時間30分、若狭和田駅より車で5分
◆新大阪より特急サンダーバードでJR敦賀駅まで約1時間20分
JR敦賀駅から若狭和田駅まで約1時間30分、若狭和田駅より車で5分
◆若狭舞鶴自動車道の大飯高浜ICより車で12分
発酵の神秘を訪ねる北陸の旅
世界では日本の国酒:日本酒、そして日本の国菌:麹(麹菌)など、日本の発酵食・発酵文化に注目が集まっています。世界のシェフたちが、日本の麹で甘酒や発酵調味料を独自に仕込む時代。発酵は単なる調理技術ではなく、土地の風土や人々の知恵、そして時間が織りなす文化そのものです。富山・石川・福井、それぞれの地で出会う発酵の知恵と挑戦は、きっと訪れる人の心と舌に深く刻まれるはずです。
北陸エリア全体を盛り上げる取り組みを行なっています