泊まって深まる、北陸の工芸旅 ― 越前和紙・井波彫刻・九谷焼を“体感”できる宿
北陸には、工芸品を飾るだけでなく、宿の空間や滞在体験そのものに工芸の思想や技を織り込んだ宿が点在しています。今回は、泊まることで工芸の背景や土地の文化に触れられる、北陸3県の宿を3つご紹介します。
日本の工芸を目的に、海外から日本を訪れる旅行者が増えています。工房を見学し、器や作品を買い求める――そんな産地めぐりに加えて、近年注目されているのが、「泊まること」そのものを工芸体験に組み込んだ旅のスタイルです。
富山・石川・福井からなる北陸3県には、宿の空間や滞在体験そのものに工芸の思想や技を織り込んだ宿が点在しています。今回ご紹介するのは、北陸3県の泊まることで工芸の背景や土地の文化に触れられる宿3選です。
【福井】SUKU
越前和紙の産地に“暮らすように泊まる”工芸宿

越前和紙の産地・福井県越前市今立(いまだて)。その五箇地区に佇む「SUKU(スク)」は、2025年に誕生した滞在型の工芸宿です。SUKUの特徴は、宿の中だけで体験が完結しないこと。一歩外に出れば、1500年以上続く越前和紙づくりの営みが、今も日常として息づく町の風景が広がっています。
今立は、観光地として整えられた場所ではありません。岡本川の清らかな流れのそばで、職人が紙を漉き、暮らしとものづくりが地続きで続いてきた土地。工芸に惹かれて旅をする人ほど、この距離感や空気感に心を掴まれるはずです。

SUKUは築約130年の酒屋をリノベーションした宿で、母屋と蔵を改修した3つの客室があります。客室はそれぞれ、越前和紙の原料にちなんで「KOZO(楮)」「MITSUMATA(三椏)」「GAMPI(雁皮)」と名付けられ、壁や天井、調度品に至るまで越前和紙が用いられています。和紙のやわらかな質感、光の透け方、空間に漂う静けさ。ここでは、越前和紙が“展示される工芸”ではなく、“暮らしに寄り添う素材”であることを、身体で実感できます。
KOZO
KOZOと名付けられた2階建の客室。最大4名まで滞在できますが、2人での滞在がおすすめ。2階の大きな窓からお寺と参道を眺めることができ、紙漉き道具を漉き込んだ越前和紙の職人・瀧英晃さん(滝製紙所)のアートワークが飾られています。


GAMPI
蔵を改修した一棟貸しのGAMPIは、最大3名まで滞在できるプライベート空間。他の客室と離れているので、静かな時間を過ごせます。吹き抜けの天井が開放感をもたらし、希少な雁皮紙にグラフィックデザインを施したアートワークが空間に彩りを添えています。


MITSUMATA
MITSUMATAは最大5名まで宿泊できる2階建の客室。1階の床の間の壁はデザイナー・柴山修平さんと越前和紙の職人・瀧英晃さんが手がけたオリジナル和紙で彩られています。三椏の原木を用いたアートが、自然の力強さと手しごとの息吹を宿します。


それぞれの空間に配された越前和紙の職人やデザイナーによるアートワーク、紙・漆・柿渋などを組み合わせた家具や建材も見どころで、伝統技法と現代的なデザインが融合した、泊まれるショールームのような空間です。

産地へ踏み込むための滞在拠点
SUKUの宿泊は、素泊まりと朝食付きプランから選ぶことができます。朝食は福井県越前町陶の谷にあるレストラン「MarPe」のシェフ監修のもと、地元食材を活かした食事を提供。越前漆器の「漆琳堂」が手がける器に盛り付け、土地の味覚と工芸の魅力を同時に楽しめます。

また、宿泊者向けに工房見学や体験ワークショップのオプションも用意されており、宿を起点に産地の奥へと足を運ぶことができます。SUKUを運営する一般社団法人SOEは、年に一度、越前のものづくりを開くオープンファクトリーイベント「RENEW」も企画・運営しています。宿泊と産地体験を結びつける仕組みそのものが、この土地への深い理解から生まれています。
越前和紙の伝統工芸産地をめぐる、越前ものづくり産地ツアー
日本で唯一の和紙の神様を祀る「岡太神社・大瀧神社」と2つの和紙漉き工房を訪ねます。職人が案内する工房見学を通じて、多様に派生した越前和紙のものづくりを深く知ることができます。まちを歩けば和紙の香りが感じられ、4層にも重ねられた複雑な檜皮葺(ひわだぶき)の屋根を持つ「岡太神社・大瀧神社」の社殿は建築的にも見応えがあります。


1500年の歴史がある越前漆器の産地・河和田地区と越前和紙の産地・今立地区をめぐるツアー。漆器の神様を祀る「漆器神社」、紙の神様を祀る「岡太神社・大瀧神社」を訪れ、職人の案内で工房見学や体験を楽しみます。ランチは河和田地区に伝わる伝承料里を御膳でいただき、お椀の塗り体験、和紙で書道体験も行います。


SUKU
福井県越前市岩本町13-4-1
チェックイン 15:00〜18:00
チェックアウト 11:00
https://craftinvitation.jp/suku
アクセス
◼️鉄道・バス
・北陸新幹線 越前たけふ駅より車で約10分
・ハピライン武生駅からバスで25分
◼️自動車
・北陸自動車道 武生インター下車、車で約10分
・駐車場 10台
【富山】Bed and Craft

建築と工芸が交差する、井波という町に泊まる
富山県南砺市井波(いなみ)は、日本有数の木彫刻の町。浄土真宗の大寺院・瑞泉寺の再建をきっかけに発展した井波彫刻は、今も多くの職人が現役で活躍する、日本最大級の木彫刻産地です。そんな井波にある「Bed and Craft(ベッドアンドクラフト)」は、まちに点在する空き家をリノベーションした宿で、2026年1月現在で6棟あり、夏には1棟増えて7棟になる予定です。
Bed and Craftの宿はすべて一棟貸し。町なかに点在する各棟は、オーナーで建築家の山川智嗣さんと、井波在住やゆかりの工芸作家・職人のコラボレーションでつくられ、木工・漆・陶芸・石などテーマも空間構成も異なり、どの宿に泊まるかを選ぶ段階から旅が始まります。
TATEGU-YA
TATEGU-YAはBed and Craftで最初にできた一棟。職人の町に佇む築50年の元建具屋をリノベーションし、レトロな趣きと、新しさが同居したデザインです。至る所に建具屋のエッセンスが散りばめられ、彫刻家・田中孝明さんとのコラボレーションで、木のぬくもりと職人の手仕事が感じられる空間になっています。


2階建てで寝室は5部屋、最大9名まで利用できます。広いリビング、ダイニングキッチン、バスルーム、ランドリーを備えているので、グループでの利用や中・長期の滞在にも適しています。サイクリストに優しい宿として、玄関には自転車を収蔵する広い土間スペースと器具があるので、レンタサイクルや持ち込みのマイ自転車でまちを巡るのもおすすめです。
田中孝明さんの木彫作品3体が、窓辺や梁の上に静かに座って来訪者を迎えます。リビングには宿のコンセプトや棟ごとの特徴、作家・職人について記した写真集があるので、目を通せば宿のこと、木彫のまち井波のことがよくわかります。


MITU
MITUは元料亭の特別な空間をリノベーションした宿。檜の柾目木材でつくられた部屋は、最上級の客間であった面影を残しています。この棟は寝室1部屋の2階建て。陶芸家・前川わとさんの作品や色彩が、大きな窓から眺む四季折々の風景と呼応しています。庭に面したお風呂は、バスタブやタイルが陶器製で、扉を開けると半露天風呂になります。


KIN-NAKA
料亭だった建物をリノベーションしたKIN-NAKA。木彫刻家・前川大地とのコラボレーションで、歴史の香りを感じながら、現代工芸の美に触れられる仕掛けが散りばめられています。

町全体を「ひとつのホテル」として体験する
Bed and Craftのもう一つの特徴は、宿の中に飲食店やショップを集約しないこと。宿の徒歩圏内にレストラン、ベーカリーをはじめ、クラフトビール、スペシャリティコーヒーの店など、井波ならではのお土産や作品が見つかるショップがあり、あえて旅行者の足をまちへ向け、工房や飲食店、商店を巡りながら井波の日常に触れる滞在スタイルを提案しています。
2016年のBed and Craftの開業をきっかけに、井波には古い空き家をリノベーションしたベーカリー、カフェ、ショップなど魅力的な店が次々と生まれています。その火付け役になったのがオーナーで建築家の山川智嗣さん。今では山川さんが手がけた店舗は約30軒にもなります。伝統ある職人の町の風土と調和しながら、新たな魅力を育んでいます。
地元レストランと提携した食事プラン
滞在中の食事は各棟にキッチンが付いているので、食材を持ち込んで調理することもできますが、夕食や朝食付きのプランを選ぶこともできます。提携レストランでの夕食も、ケータリングで宿のプライベート空間で味わうプランも予約時に選択・相談できます。


工芸旅を深める体験オプション
宿泊のオプションとして宿泊者限定の有料ワークショップに参加することも可能です。体験ワークショップは、5つの工房で職人に「弟子入り」し、職人と同じ道具を使い、木彫りや漆芸など本格的なものづくりが学べます。所用時間は約3時間、じっくりと自分だけの作品づくりを楽しみましょう。
・木彫りの版画づくり
・漆の箸づくり
・木彫りの豆皿づくり
・木彫りのスプーンづくり
・フレグランスづくり

Bed and Craft
富山県南砺市本町3丁目41(BnC LOUNGE)
TEL 0763-77-4138(10:00-21:00)
チェックイン 16:00-21:00
チェックアウト 11:00
アクセス
◼️鉄道・バス
・北陸新幹線「新高岡駅」から
加越能バス「庄川」行き、または「小牧」行きに乗車し「井波小学校口」下車。
・北陸新幹線「金沢駅」から
金沢駅西口から加越能バス「南砺〜金沢線」に乗車、「交通広場」下車。
◼️自動車
・北陸自動車道「砺波IC」から約10分
【石川】ウェルネスハウス SARAI
九谷焼に包まれ、心と身体を整える滞在

石川県能美市にある「ウェルネスハウスSARAI(さらい)」は、九谷焼の美意識を展示ではなく、「滞在の空気」として体験できる、そして工芸旅に「心身ともに整う時間」を加えてくれるホテルです。
2022年に市の研修施設をリノベーションして誕生したSARAIは、九谷焼の作家が客室や共用空間をプロデュース。宿泊施設に加え、レストランやスパ(入浴施設)を備え、心身を整える工芸旅を提案しています。


SARAIの客室は、能美市ゆかりの九谷焼作家8名が手がけ、壁画や陶板、照明、インテリアまで作家の世界観が反映され、部屋ごとにまったく異なる表情を見せます。若手作家の感性に触れながら静かに過ごす時間は、他では得られない体験です。
洋室は1室1名から3名まで、和室は1名から最大6名まで利用できます。リーズナブルな価格設定も魅力で、能美市や周辺の工芸産地を巡る拠点としても使いやすいホテルです。ここを拠点にして、能美市を中心に加賀市、小松市などへも足を伸ばし、九谷焼や山中漆器など工芸の産地をじっくり見て回るのもいいかもしれません。
「眠りの島」牟田陽日(むた ようか)
ラウンジの壁面もプロデュースしている牟田陽日さんが手がけた客室は「眠りの島」と名付けられています。伝説の生き物から自然界の動植物まで、古今東西の図像や物語をモチーフに作品を生み出す海外でも高い評価を受ける作家で、鯨と波をモチーフにしたシリーズは代表作です。部屋の壁紙は原画をもとに最新技術で加工されたクロス仕上げで、大海原の波間から顔をのぞかせる大きな鯨、潮を吹く鯨と、仙人が住んでいそうな孤島が描かれています。夜光貝のランプの土台はゴツゴツした九谷焼の磁土で、部屋に用意された鯨と島が描かれたマグカップは購入も可能です。


「五彩アニマル’z」山近泰(やまちか やすし)
山近泰さんプロデュースの客室「五彩アニマル’z」のモチーフは、能美市にある「いしかわ動物園」の動物たち。壁一面に描かれた動物たちが、今にも飛び出してきそうな躍動感にあふれています。動物は九谷五彩の紺青・赤・紫・緑・黄をベースに、家族愛の象徴であるゾウ、サイ、シマウマなどが、独自の表現とデザインで描かれています。絵の一部には九谷焼の陶板が重ねられ、壁紙とつややかな焼き物との質感の違いも見どころです。


「里やまの弧」架谷庸子(はさたに ようこ)
幻想的でノスタルジックな赤を基調とした和室「里やまの弧」をプロデュースしたのは、赤絵細描の名手・福島武山先生のもとで研鑽を積んだ若手赤絵作家の架谷庸子さんです。「SARAI」は古墳群が広がる里山エリアにあり、夏になると窓の外に蛍が舞う姿も見られるそう。そんな情景からインスピレーションを得て、赤絵細描で山々を描き出しています。レリーフは山々の間から昇った太陽のようで、抽象パターンにも里山の風景にも見ることができます。


「月齢」早助千春(はやすけ ちはる)
若手九谷焼作家として注目を浴びる一人である早助千晴さんが、九谷焼の作品に施している青を基調とした模様と、月の満ち欠けを表した絵付を壁紙にした客室。「月齢」と名付けられたように、月の満ち欠けも描かれています。また、一部はしっかりと描き込んだ磁器のレリーフが設置されています。非日常と静かな安息を感じ、ゆっくりとくつろげる空間です。


九谷ステイの部屋と作家
01:「龍」井上雅子(いのうえ まさこ)
02:「和田山丘陵」上出惠悟(かみで けいご)
03:「里やまの弧」架谷庸子(はさたに ようこ)
04:「五彩アニマル’z」山近泰(やまちか やすし)
05:「静爽の奏」山岸青矢(やまぎし せいや)
06:「光と線と影」中田雅巳(なかだ まさる)
07:「月齢」早助千春(はやすけ ちはる)
08:「眠りの島」牟田陽日(むた ようか)
お風呂とレストラン
お風呂は施設内のスパ(入浴施設)を利用しますが、このお風呂の壁面を飾る九谷焼も必見です。九谷ステイの客室は若手作家の世界観が広がり、スパでは熟練作家による九谷焼の伝統技法や作風を間近に堪能できます。食事は別途料金でレストランでの朝食、夕食付きも選べます。

女湯「色絵の湯」は、色絵磁器の第一人者・武腰潤さんによる「鳥たち・川辺の風景」の陶板が、男湯「赤絵の湯」は、赤絵細描の第一人者・福島武山さんの「まつりの文」の陶板で彩られています。

レストランは里山の風景、白山の峰々などが見渡せる開放的な空間。料理の器に九谷焼が使われているので、テーブルへ運ばれてくるととても華やかで、メニューごとにどんな器が使われているのかも楽しみです。夕食もぜひ予約して、地元産の新鮮な魚介、能美市の農家が作った野菜など、旬の素材を使った料理を堪能しましょう。


ウェルネスハウス SARAI
石川県能美市石子町ハ147-1
TEL 0761-57-1212
チェックイン16:00〜20:00
チェックアウト10:00
アクセス
◼️鉄道・バス
・「能美根上駅」より「のみバス」連携ルート(先端大学方面)で「ふるさと交流センター・さらい」下車で約16分
■飛行機
・「小松空港」からタクシーやレンタカーで約20分
◼️自動車
・北陸自動車道「能美根上スマートIC」より約15分
次は、工芸に泊まる旅へ出かけよう
北陸の工芸宿は、作品を見るだけの場所ではありません。土地の歴史や人の営みとともに、工芸を暮らしの延長線上で体感できる場所です。次の日本旅では、ぜひ「泊まる」という選択肢から、工芸の奥行きに触れてみてはいかがでしょうか。
北陸エリア全体を盛り上げる取り組みを行なっています