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【手仕事のまち越前市】かこさとしが遺した今を生きる私たちのメッセージ
『だるまちゃんとてんぐちゃん』『からすのパンやさん』の絵本といえば、子どもから大人まで幅広い世代に愛されるロングセラー。昔読んだことがある、今子どもと一緒に読んでいるという方も多いのではないだろうか。作者の加古里子(以下、かこさとし)さんは越前市生まれ。半世紀以上にわたり、600冊以上を超える著書を世に送り出してきた。
かこさとし
だるまちゃんとてんぐちゃん、からすのパンやさん
『だるまちゃんとてんぐちゃん』『からすのパンやさん』の絵本といえば、子どもから大人まで幅広い世代に愛されるロングセラー。昔読んだことがある、今子どもと一緒に読んでいるという方も多いのではないだろうか。作者の加古里子(以下、かこさとし)さんは越前市生まれ。半世紀以上にわたり、600冊以上を超える著書を世に送り出してきた。
越前市内には彼の作品がモチーフになっている場所も多い。なかでも2013年にオープンした「かこさとしふるさと絵本館 砳(らく)」は、彼が手がけた絵本や紙芝居のほとんどが閲覧できるようになっており、全国から多くのかこさとしファンが訪れている。今回は絵本館館長の谷出千代子さんに、かこさとしの半生について伺った。
▲越前市内には彼の作品がモチーフになっている場所が多い
絵本デビュー
絵本デビューの作品は「ダム」
7歳になるまで越前市で過ごしたかこさとし。その後、東京板橋区に転居し、東京大学工学部を卒業して昭和電工に入社。大学時代に演劇研究会で児童劇と出会ったことから、就職した後も神奈川県川崎市でセツルメント(子どもを相手にしたボランティア活動)にのめりこんだ。
「セツルメントでは子どもたちに自然や化学などさまざまなテーマの紙芝居を制作していました。子どもは興味を持つと食い入るように見つめるし、興味がなければすぐにどこかへ行ってしまう。どうすれば子どもたちを惹きつけられるのか……そんな試行錯誤の日々があったそうです」
ある時、彼の描いた絵葉書が偶然にも児童書を扱う出版社のスタッフの目にとまり、絵本を手がけることに。その後、サラリーマン生活のかたわら、30代前半でダム建設を題材にした絵本『だむのおじさんたち』でデビュー。47歳で退職し、絵本作家として専念することになった。
原体験
日野川での原体験から学んだ水の営み
それにしても、なぜデビュー作は「ダム」だったのだろうか。そこには、かこさとしの作品のテーマである「水」が関係している、と谷出さんは語る。
「創作のベースとなっているのは、幼い頃越前市で過ごした原体験です。市内を流れる日野川のそばで生まれ育ったかこさんは、土手で遊んだり魚を捕まえたり、時には雨で氾濫する川の様子を見て、生きる営みのなかで水の重要性を強く感じていました」。
デビュー作の題材は、編集者から造船、製鉄、ダムの3つの選択肢が挙げられていたそうだ。これからの未来を考える作品にするのであれば「水力」が大事だと考えたかこさとしは、ダムを選んだといわれている。
ほかにも、彼の代表的な絵本のひとつ『かわ』では、人間の営みと川の関係について描かれており、『だるまちゃんと楽しむ 日本の子どものあそび読本』では、自然のなかで草花を使った遊びなどが紹介されている。かこさとし自身が日野川で自然の中でさまざまな体験をしていたことが、さまざまな作品を通してもわかる。
真実を伝える
真実を伝えるという信念
また、「見開きいっぱいに描かれた絵」も、彼の作品の特徴に挙げられるだろう。
「かこさんの作品には、とにかくたくさんの絵が描かれています。しかも、単に数を描くというよりも、言葉遊びをしながら日本語をしっかり味わえるのも良いところ。一つのテーマから描かれたたくさんの絵によって世界観が広がっていくのです」と谷出さん。
かこさとしの作品には化学やテクノロジーを扱っているものもあり、一見大人でも難しく感じるようなテーマもある。しかし、子どもが読むものだからと表面的な説明でお茶を濁すことはせず、常に真実を正しく伝えることも大切にしている。それは、セツルメントの活動を通して感じた子どもたちの純粋な眼差しや生身のリアクションを体感した経験からだ。
絵本制作は彼自身の徹底的なリサーチが土台となっている。一つの本を完成させるためには10年かかったものも珍しくはない。難解な言葉も咀嚼し、平易にわかりやすく伝える、それがどんな世代からも愛されている理由の一つなのだろう。
幻の作品
没後発見された幻の作品
かこさとしは92歳で亡くなったが、3年後の2021年に新たな絵本『秋』が出版された。自身の戦争体験をもとに描いた未発表の紙芝居が見つかったのだ。当時のことを谷出さんはこのように語る。
「これまでさまざまな分野の絵本を描き続けたかこさんですが、戦争を直接題材にした作品はありませんでした。かこさとしの親族が見つけたという紙芝居の原画は、絵本作家としてデビューする以前に描かれたもの。当時は出版まで至らなかったそうですが、残されたメモからも、『なんとかして世に出したい』というかこさんの思いが込められていたそうです」
『秋』は一般的に知られるかこさとしの絵本とは異なるタッチだ。題字の「秋」は澄んだ秋空の橙、コスモスのピンクに加え、暗い影を落とした戦争の黒の3色が使われている。
空襲が相次ぐ日常、晴れ渡った秋の空に墜落する戦闘機や落下傘が開かず落ちていった飛行士の姿、かつてお世話になった医師が戦死したという知らせ…。美しい自然と当時の生々しい日常が描かれた本の世界には、彼の戦争に対する悲しみと平和を願う強い思いが込められている。『秋』を読むと、これまで読んだかこさとし作品についての理解がより深まるだろう。
絵と言葉のギフト
世代を超えて愛されるかこさとしの絵本
▲絵本館には県内はもちろん、県外からも多くの来館者が訪れる
誰よりも子どもたちを思い、強い信念を持って、真摯に絵本をつくり続けたかこさとし。絵本館には子どもだけでなく、大人の姿も多く見られる。訪れた人のなかには「小さな頃読んでもらった記憶が蘇る」と涙する人も。
彼が生涯をかけて生み出したすべての本には、今を生きる私たちへ遺してくれた永遠に受け継ぎたい絵と言葉のギフトが込められている。
▼かこさとしふるさと絵本館「砳」
https://www.city.echizen.lg.jp/office/090/060/kakosatosi/index.html
越前叡智(えちぜんえいち) ~Proposing a new tourism, a journey of wisdom.~ 1500年も脈々と先人たちの技と心を受け継ぐまち。 いにしえの王が治めた「越の国」の入口、越前。 かつて日本海の向こうから最先端の技術と文化が真っ先に流入し、日本の奥深いものづくりの起源となった、叡智の集積地。 土地の自然と共生する伝統的な産業やここでくらす人々の中に、人類が次の1000年へ携えていきたい普遍の知恵が息づいています。 いまこの地で、国境や時空を越えて交流することで生まれる未来があります。 光を見つける新しい探究の旅。 ようこそ、越前へ。