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【雨の日】五月雨に託す想い。雨を詠った和歌に見る日本人の心情とは
五月雨に託す想い。雨を詠った和歌に見る日本人の心情を解説します。
美しい景色や、刻一刻と変わる空の色、誰かに会いたい気持ちや、抑えきれない恋心。日本人は昔からそれらの感情を「和歌」という詩にしたためてきました。
語彙の豊富さはその国の自然環境や文化を反映していると言われることもありますが、雨もその幅の広さを感じ取れる言葉のひとつ。「五月雨」や「翠雨」、「霧雨」や「時雨」など一言で雨と言っても、雨に関する日本語は100を超えます。
季節や降り方、更には見る者の感情によっても呼び方が変わる日本の雨。はっきりとした四季がある日本だからこそ育まれた雨に対する感性が垣間見られる、雨を詠んだ和歌。今回は、そんなところに焦点を当てて、日本の文学の一ジャンルをご紹介したいと思います。
和歌の決まりと技法の色々
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和歌とは5・7・5・7・7の数のリズムで作られた日本独特の詩のことです。もとは中国から日本に伝わってきたもので、漢詩に対して大和の詩として和歌と呼ばれるようになったと言われます。
正確な情景描写のみに徹した和歌もあれば、一つの言葉に複数の意味を持たせた「掛詞」や「本歌取り」などの技法を取り入れたもの、平安時代の宮廷人たちの「相聞歌」のように恋心や消息を尋ねる役割を持たせたものなどがあります。
31音という限られた文字の中に、例え1000字あっても説明出来ない感情や余韻を込めて、想像力を駆使させる和歌とは、一体どんなものなのでしょうか。そして物思わす雨に託した想いのたけとは?
1000年以上経っても変わらない、日本人と雨の関わりを、和歌を紐解きながら見てみましょう。
[1] 今にも目に浮かぶような情景を詠った歌
うちしめり 菖蒲(あやめ)ぞかをる ほととぎす 鳴くや五月(さつき)の 雨の夕暮れ ―――「新古今和歌集」/藤原良経
(空気はしっとりと湿り気を帯び、菖蒲は香りを放つ。そして、ほととぎすが鳴き声を上げる。そんな五月の雨の夕暮れ時よ。)
あやめやほととぎすは、和歌においては共に初夏を感じさせる重要なキーワード。雨が降った夕暮れ時に、だんだんと視界が暗くなる中で、逆に皮膚感覚や嗅覚、聴覚が研ぎ澄まされていきます。
日本の夏の夕暮れ、特に湿気に満ちた気怠さを表現した夏の名歌です。恵みの雨に打たれつつも生き生きと咲き誇る菖蒲の中、ほととぎすの鳴き声が夏前の暗い空に吸い込まれていく情景が、目に浮かんできます。
[2] 降りしきる長雨に恋心を重ねた歌
おほかたに さみだるるとや 思ふらむ 君恋ひわたる 今日のながめを ―――「和泉式部日記」/和泉式部
(あなたはこの雨を普通と変わらない五月雨だと思っているのでしょうか。あなたを想う私の恋の涙であるこの雨を。)
愛する人に「五月雨の物寂しさを、あなたはどうやって過ごしていますか?」と自分の気持ちを伝えた男性の歌です。雨に恋心を重ねるのは昔の日本人の常套手段ですが、連日降り続く雨の様子と、なかなか逢えない恋人への想いで心をかき乱されている切なさが同時に表現された、情熱的な歌です。
ちなみに「ながめ」という言葉には長雨(ながあめ)と眺め(ながめ=物思いに耽る)のふたつの意味が、そして「さみだるる」には、五月雨(さみだれ)と乱れる気持ちが込められています。
和歌を詠む上では、日本語の響きや音も、重要な要素なのですね。
しかし雨が「想いの強さ」とは。現代で言われたら、少し鬱陶しいくらいに感じてしまうかもしれませんね……。みなさんは、どうですか?
[3] 雨にかこつけ人を引き留めたい気持ちを詠った歌
我が宿に 雨つつみせよ さみだれの ふりにしことも 語りつくさむ ―――「うけらが花」/橘千蔭
(どのみち外に出られないなら、私の家にずっといらっしゃい。梅雨の雨の降る中、もう古くなってしまった昔話も、積もる話を語り尽くそう。)
鳴る神の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ ―――「万葉集」/作者未詳
(雷が少しだけ鳴って、曇って、そして雨でも降らないかしら。そうしたらあなたを引き留められるのに)
どちらも「雨」をキーワードに、人を引き留めたい気持ちを詠ったもの。
長く続く雨の季節を、室内で過ごしてきた日本人の生活を垣間見られる歌ですね。特に後者は、口に出せない淡い恋心を暗に示しており、思わずどきっとします。恋をしている方なら、男、国籍問わず、この歌に共感してしまうのではないでしょうか?
ちなみにこの歌には返歌があります。気になる方は、是非「万葉集」を手に取ってみて下さいね。
和歌は日本人の心の鏡
残念ながら、日常的に和歌を詠む習慣は無くなりましたが、学校の教科書に載っていたりメディアで取り上げられることも多く、和歌の存在は日本人であれば誰もが知っています。
時代を超えて愛される名歌は、「万葉集」や「古今和歌集」以外にも、「源氏物語」や「和泉式部日記」などの物語としてもまとめられています。知れば知る程その奥深さに魅了される和歌という世界。少し難しいかとは思いますが、その世界観に興味を持っていただければ幸いです。
雨の季節は日本の和歌の響きを感じて過ごしてみるのも一興。あなたも一首、詠んでみてはいかがでしょう?
参考:http://www.shodo.co.jp/blog/miya/2009/06/post-137.html
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