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【手仕事のまち越前市】伝統の技を「和」する越前指物
越前の伝統工芸が集約された越前指物
伝統技術の発展
箪笥や建具などに代表される「越前指物(えちぜんさしもの)」。
指物とは、釘を使わずに、木の板や金属の棒などを用いて指し合わせる技法によってつくられた箪笥、什器、調度品、建具などの製品のことだ。指物は一つの技術だけでなし得るものではなく、木工、漆、金物など、さまざまな技術が集約されなければ作り上げることができない。
越前指物の始まりは江戸時代後期といわれるが、この指物技術が完成できたのは、それ以前に打刃物や漆器などの越前ならではの複数の伝統技術がそれぞれに発展を遂げていたからである。そして、府中が国府として越前国の中心であったことも、これらの職人たちが集積するきっかけとなり、いくつもの層が重なることで越前指物の品質は極めて高い水準に押し上げられているのだ。
国府
職人たちが集まる街、府中
越前市のJR武生駅周辺は、現在も市役所などの行政施設が集まるまちの中心部として市民の拠り所となっているが、今から1500年前の継体大王の時代にはすでに、福井から新潟まで連なる大国である「越の国」の玄関口として人や物資が盛んに往来するまちであった。
奈良時代になると、蝦夷(えみし)征伐の前線基地としての重要性が高まり、越前国の「国府」が置かれ、名実共に越前の中心となった。平安時代には、「源氏物語」の作者である紫式部が、父親の藤原為時(ふじわらためとき)の国司赴任に連れ立って越前国に住んでいたことも知られている。
南北朝・室町・戦国時代にかけては、越前国も戦に翻弄されることになるが、あらゆる工芸技術の集積地であることから、時の権力者たちに庇護されることとなる。国府のあった地に府中城を構え、不破光治・佐々成政・前田利家の府中三人衆をはじめ、多くの主君が入れ替わり立ち替わり入城して、職人たちの生活を守ったのである。
さらに江戸時代には、福井藩松平家の家老である本多富正が産業の奨励を行ったことにより、ますます多くの職人がこの地に集まってきたと言われている。特に、絹屋・織屋・鍛冶屋・酒屋などの株を定めたことにより、生産や流通の安定化に伴って、旦那衆の家に出入りする職人たちが増えていった。
越前箪笥
もてなしに日本人ならではの「和」の心を乗せて
越前指物の一つである越前箪笥は「ほぞ接ぎ」や「蟻組み」などの釘を使わない技術によって木材を加工し、豪華な装飾金具に加えて、全体を漆塗りした重厚な雰囲気が特徴の和箪笥である。
引き手などの鉄金具には越前打刃物、漆塗りには越前漆器など、約700年~1500年も受け継がれてきた確かな伝統技術が優れた品質の越前箪笥を生み、明治時代には三国箪笥と並んで全国的にも高く評価されることとなった。
料亭で帳面を入れるための帳箪笥の他、嫁入り道具として越前箪笥を求める人が増え、明治中期頃には箪笥職人の工房や店舗が軒を連ねる「タンス町通り」が生まれた。また、職人仲間が作られたことにより、府中のまちでは食事会や宴会の文化も栄え、このエリアには現在も特に料亭や宴会場が多い。
1873年(明治6年)創業の料亭・鎌仁別荘の五代目を受け継ぐ小野谷さんは、料亭文化について、改めて原点に立ち返りたいと話す。
「明治から続くうちの店も、時代に合わせて形を変えながら今まで続けて来られました。だけど、僕は今こそ本来の料亭の形に立ち返ってみるべきではないかと思っています。料亭は、日本人の文化を全て味わうことができる総合施設です。料理、着物、生花、器、掛け物、そして、もちろん越前指物による箪笥や建具がある。このようにあらゆるものを揃えられるのは、この越前だからこそです」
小野谷さんは、街中にある鎌仁別荘を残しながら、料亭文化の拠点にすべく、かつての馬借街道に沿って一客一亭をもてなす「茶懐石 佳秀」を立ち上げた。
「日本文化の良さは、押しつけるものではなく『察する』文化なんです。自分のために相手がどれぐらい気持ちをかけて行動しているのか? 聖徳太子の時代から『和をもって尊しとなす』と言われている優しい心の文化を、料亭を通じて伝えていきたいと思います」
このまちに1500年の時を超えて存在しているのは、職人一人ひとりによって受け継がれてきた高い技術、そして、いつも相手や周りのことを考えて行動する人々の優しい気質だ。時や環境に調和する美しい心掛けの蓄積が、越前の多層的な奥深い魅力を作り上げているのかもしれない。幾多のパーツが複雑に組み合わさりピタリと整合した越前指物を通じて、このまちの人の細やかな心をぜひ感じてほしい。
▼茶懐石 佳秀
越前叡智(えちぜんえいち) ~Proposing a new tourism, a journey of wisdom.~ 1500年も脈々と先人たちの技と心を受け継ぐまち。 いにしえの王が治めた「越の国」の入口、越前。 かつて日本海の向こうから最先端の技術と文化が真っ先に流入し、日本の奥深いものづくりの起源となった、叡智の集積地。 土地の自然と共生する伝統的な産業やここでくらす人々の中に、人類が次の1000年へ携えていきたい普遍の知恵が息づいています。 いまこの地で、国境や時空を越えて交流することで生まれる未来があります。 光を見つける新しい探究の旅。 ようこそ、越前へ。