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【手仕事のまち越前市】クリエイターを刺激する越前和紙の底力
小坂 竜さん(中央) 株式会社乃村工藝社A.N.D.クリエイティブディレクター。武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業後、同社に入社。主な仕事に2005年「マンダリン オリエンタル 東京」、2007年「新丸ビル」、2009年「LA BOUTIQUE de joel Robuchon」、2012年「PALACE HOTEL 和食フロア」がある。 笈川 誠さん(右) 株式会社バンブー・メディア代表。商空間デザインの専門誌『月刊 商店建築』編集者、編集長を経て2010年バンブー・メディア設立。国内外の商空間デザインを紹介するWEBマガジン「BAMBOO MEDIA」、インテリア素材の展示会「BAMB...
クリエイターを刺激する越前和紙の底力
様々な背景をもった方に、越前市の風土を感じてもらう旅。今回越前市をめぐるのは、日本を代表するトップクリエイターのお二人。ホテルをはじめさまざまな商空間を手がけるインテリアデザイナーの小坂竜さんと編集者の笈川誠さんです。
2023年5月17日~18日に東京で開催される商空間の展示会「BAMBOO EXPO 19」に先駆けて、近年建材としても注目を集めている越前和紙に触れようと、産地にやってきた二人。越前和紙の産地を訪れるのは笈川さんは2度目。小坂さんは今回がはじめてです。まずは、この地のストーリーをひもとくべく、越前和紙の聖地から旅がスタートしました。
岡太神社・大瀧神社
越前市今立地区は、今も川沿いに和紙の工房が軒を連ねています。風情のある通りを進むと、紙の神様が祀られている「岡太(おかもと)神社・大瀧神社」が見えてきました。
全国の和紙産地の中でも、越前和紙は品質・種類・量ともに日本最高級であり、日本三大和紙に数えられています。
その発祥は今から約1500年前。この地域を流れる川の上流に美しい姫が現れ、村人に紙漉きの技を教えたといわれています。以来、この姫を「紙祖神(しそしん)・川上御前」と呼び、岡太神社に祀るようになりました。
江戸後期に再建された神社は、日本一複雑な社殿建築としても注目を集めています。特に、檜皮葺の屋根は入母屋造りに千鳥破風に唐破風、そしてまた入母屋に唐破風が重なっていく独特の形状で、全国でも類を見ないもの。
拝殿正面には精巧な獅子や龍、側面や背面にも中国の故事を題材にした彫刻が施されています。
「これだけの美しさと複雑さを併せもつ建築は、信仰心の現れでもありますよね。神聖な気持ちになります」と笈川さん。
「神社は好きでよく訪れますが、これほど建築的なデザインやテクニックが随所に見られる神社は珍しい。旅のはじまりにいい気をもらいました」と、小坂さんも興味深く神社の隅々を拝観していました。
次に訪れたのは、越前和紙の里にある「卯立(うだつ)の工芸館」。江戸時代の中期の紙漉き家屋を移築復元した建物で、伝統工芸士が昔ながらの道具を使って和紙を漉く一連の工程を見ることができる、全国でも唯一の場所となっています。
卯立の工芸館
「うだつ」とは、もともと隣家との延焼防止のために建てられた防火壁の役割がありましたが、江戸時代中期ごろになると、装飾的な意味合いで建てられるようになりました。この建物の「うだつ」も正面に向かて建てられており、このあたりの民家ではよく見る形だったそうです。
越前和紙の原料は楮(こうぞ)、みつまた、雁皮(がんぴ)。皮を煮て柔らかくし、黒い外皮の下にある柔らかな白い皮を中心に使います。
館内では「ちりより」の作業も行われていました。「ちりより」とは、皮に残っている黒皮や繊維の硬い部分などの不純物を取り除く、実に根気のいる作業です。きれいな和紙を漉くには欠かせない作業で、何度も繰り返し、徹底して塵を取り除いていきます。
紙漉きは基本、厳冬期に行われることが多く、「ちりより」も冷たい水に何時間も手を入れ続けます。そんな過酷な作業を通して、和紙の原料ができるのです。
にこやかに説明してくださった職人さんも、紙を漉き始めた瞬間、キリッとした顔に早変わり。次々と漉き上げていく動きの美しさに、思わず見とれてしまいます。
何百年も変わることのない紙漉きの技を目の当たりにし、時間と手間のかかるものだということを改めて実感したのでした。
紙の文化博物館
職人の技を間近で見た後は、「紙の文化博物館」へ。ここでは和紙の歴史を学びながら、産地で漉かれた様々な紙の展示を見ることができます。
別館には、産地を代表する和紙約125点が展示されています。一口に越前和紙といっても、真っ白なものから色や加工がされているものまでさまざま。人間国宝が漉いた紙もあります。
最近では「不燃認定」を取得した和紙もあり、建材として使われることが増えている越前和紙。
そう聞いた途端、小坂さんは何やら携帯電話のライトを和紙にかざしはじめました。照明を当てた時の風合いを確認している様子。たしかに、光を当てると、また違った和紙の表情が現れます。
博物館で越前和紙の多様さを感じた後は、実際に職人が作業をする紙漉きの工房へ向かいます。小坂さんと笈川さんは、越前和紙にどんな可能性を見出すのでしょうか。
栁瀨良三製紙所
博物館をあとにし、再び岡太神社・大瀧神社の参道をあるいていると、「栁瀨良三製紙所」が見えてきました。栁瀨良三製紙所では、光が透けるほど薄くて柔らかな手触りの「薄紙楮紙(うすかみこうぞし)」をメインに、ニーズに合わせてさまざまな紙を漉いています。
製紙所には、ガレージを改装した直営店「RYOZO」も併設し、さまざまな和紙のアイテムが並びます。
栁瀨靖博さんの案内のもと、工房の中に入らせてもらうことに。作業場で和紙をつくり続けているのは、女性の職人さんたち。なんと平均年齢29才だそうです。
「越前和紙の神様は女性なんですよ。紙を漉くのは女性の仕事として伝えられており、その風習に倣って現在でも女性の職人が多いんです」と靖博さん。
工房の隣では、紙漉き体験ができるスペースもあり、小坂さんと笈川さんも紙漉き体験に挑戦。
和紙の原料が入った桶に「桁(けた)」と呼ばれる紙漉きの道具を入れ、ゆっくりゆすりながら漉いていきます。
「越前和紙は桁を縦にゆすりながら漉いていくんです。職人たちは軽々漉いていますが、初めての人はつい力がはいってしまうので、筋肉痛になってしまう人も多いですね」と教えてくれたのは、栁瀨良三製紙所の技を受け継ぐ三代目・栁瀨京子さん。
伝統工芸士でもある京子さんは18才の時に紙漉きの世界に入り、以来この道一筋。金型をつかった技法で生まれる「金型落水紙」は、京子さんでしか漉くことができないといいます。
最後に京子さんの紙漉きの様子を見せてもらいました。リズミカルに桁を動かす姿はダイナミック。静かな空間で、たぷん、たぷんと少し粘りを感じさせる独特な水の音だけが響きます。
紙漉きの動きを丁寧にくりかえしながら、水中をたゆたう繊維が折り重なり、1枚の紙へと漉きあがっていく。そんな職人の技に魅了されたお二人なのでした。
山田兄弟製紙
次に訪れたのは「山田兄弟(やまだけいてい)製紙」。1882年に六代目山田久兵衛が養蚕業から製紙業を創業し、以来「久兵衛」の名前を冠して代々受け継いでいる製紙所です。
七代目の時代には株券・債権・証券などに使われる「局紙」という上質な紙漉きを手がけていました。局紙は明治時代初期、大蔵省印刷局抄紙部から福井県越前の職人が招かれて、貨幣用紙として作られた紙。紙質が緻密で光沢があり、耐久性が高いことでも知られています。
株券や証券に使われるということから、品質の基準が大変厳しく、ちり一つ紛れ込むだけで使い物にならないことも。作業場での一角では、女性の職人が1枚ずつ丁寧に検品していきます。
現在では、九代目が会長、十代目が社長を務め、証券紙で培った技術をもとに伝統的な「透かし加工の和紙」や彩り豊かな「漉き合わせ和紙」をはじめさまざまな和紙を手がけています。
2001年からは植物のヨシ(葦)を使った「ヨシ紙」や古新聞や使用済みの半紙など古紙を98%使った「雲華紙」などの環境にやさしい和紙づくりにも力を入れています。
同じ和紙でも材料の違いによってさまざまなストーリーを持つことに、笈川さんも興味津々。「越前和紙×環境」という新たなキーワードも今後のヒントになりそうです。
長田製紙所
山田兄弟製紙から歩くこと数分、次の目的地である「長田(おさだ)製紙所」にやってきました。1909年創業の長田製紙所は全国でも珍しい手漉きの襖紙(ふすまし)を専業として製作。厚い襖紙を手揉みすることで深いシワ加工を施した「揉み紙」や、薬品を使用しない天然の原料のみを使用した和紙の製作も行っています。
「初代が漉いていたのは無地の襖紙でしたが、時代とともにもう少し手の込んだものを手漉きでやろうということで、山や雲の柄を手で漉きながらデザインしていったのがうちの祖母です。昔ながらの絵柄ではありますが、うちの会社では主流の製品になっていきました」と教えてくれたのは当主の長田和也さん。
さらに長田さんは、粘り気をもたせた原料を空中に飛ばして和紙に柄を載せる「飛龍」という技法を編み出し、機械漉きではできない複雑な模様や独特の質感の和紙を生み出しました。
現在では「飛龍」を応用し、インテリア和紙としてタペストリーやランプシェードといった装飾和紙の製作も多くなっているそう。別棟にあるギャラリーには、飛龍を何層にも重ねて仕上げた数種類のランプも。光をまといグラデーションをたたえた美しい模様が浮かび上がります。
長田さんがつくるものは、基本的にオーダーメイド。デザインからすべて、自分たちで手がけています。ここだけしかない唯一無二の商品の数々に出会い、小坂さんも笈川さんも嬉しそう!時間が許すまで長田さんと話が尽きないようでした。
やなせ和紙
次にやってきたのは「やなせ和紙」。二代目柳瀬晴夫さんから、やなせ和紙のものづくりについて伺っていきます。
「うちでは無地や模様をつけた襖紙を中心に漉いています。和紙に関する要望は断らないのがポリシー。ほかの産地で断られた方が越前和紙の産地に来ることも多く、いろんな経験の積み重ねが糧となっています」
近年では、デザイナーの松山祥樹さんとのコラボレーションにより誕生した和紙の箱「Harukami」シリーズも話題に。和紙特有のやわらかな風合いでありながら、アート作品のような箱は、和の雰囲気にも現代のモダンなインテリアにも映えるデザインが特徴です。
越前和紙には昔から伝わる「紙漉きの歌」というものがあり、柳瀬さんにもその一節を披露していただきました。
五箇に生まれて紙漉き習うて、横座弁慶で人廻す。紙の授けをそのまま継いで、親も子も漉く孫も漉く。七つ八つから紙漉き習うて、ネリの合い加減まだ知らぬ。お殿様でも将軍様も、五箇の奉書の手にかかる。川上さまから習うた仕事、何でちゃかぽか変えらりょか。清き心で清水で漉いて、干した奉書の色白さ。辛抱しなされ辛抱が金じゃ、辛抱する木に金が成る。仕舞え仕舞えと日ぐらしゃ鳴けど、しまい仕事でしまわれぬ。~「紙漉きの唄」より~
唄からもわかるように、職人それぞれが誇りを持ち、切磋琢磨する風土が昔から根づいているようです。
杉原商店
1日目の最後に訪れたのは、やなせ和紙から車で数分の場所にある「杉原商店」。和紙の問屋として、産地の職人たちと連携しながら世界中に越前和紙の企画・販売を行っています。
蔵を改装したギャラリーにはさまざまな和紙製品がずらり。越前和紙のソムリエと言われる代表の杉原吉直さんに、越前和紙の魅力についてあらためて伺います。
越前和紙の魅力はずばり「なんでもできること」という杉原さん。「越前市は、現在300人程度の紙漉き職人がいる一大産地です。日本に2人いる和紙の人間国宝のうちひとりがいますし、全国の和紙の伝統工芸士66人のうち半分が越前にいるのもここならではの特徴です」
ピカソやレンブラントなど、世界の名だたる画家も使っていたと言われている越前和紙。しかし近年はインテリアでの需要も高く、杉原さんは世界各国の展示会などに出展するなかで世界のクリエイターと職人をつなげ、越前和紙の可能性を広げてきました。
「こんなことはできませんか?と職人に聞くとまず『できない』という答えは返ってこないはずです。それだけ何でもできるのがこの地域の良さ。ぜひ明日もいろんな職人とディスカッションしながら新しいプロダクトのヒントにしていただきたいと思います」と、和紙ソムリエならではの産地の楽しみ方を教えてくれました。
五十嵐製紙
2日目の最初は「五十嵐製紙」にやってきました。1919年に創業し、襖や壁紙を中心に、大判紙から小物まで幅広い和紙を製作し、最近では食物を使った和紙「Food Paper」や著名アーティストのオーダー用紙を手がけるなど、その技術力が高く評価されています。
なかでも五十嵐製紙の手漉き大判創作和紙は、ホテルや飲食店、公共施設、文化施設などさまざまな空間で採用されています。
伝統的な技法をより進化させ、和紙でありながら三次元的な表現までも可能に。油絵のような凹凸があり、まるで絵を描いたようです。
「下絵を描くことはありませんね。職人が頭の中で『こんな感じにしようかな』とデザインを考えながら絵を漉いていくんです」と教えてくださったのは三代目の五十嵐康三さん。
さらにガラスとコラボレーションした「和紙ガラス」や、「和紙あかり」(照明)など、多様な作品を見せていただきました。
特に小坂さんが興味を示したのが、五十嵐製紙で10年以上前に制作したという釣り鐘型の照明。もともと失敗作として倉庫に眠っていたものだったそうですが、この作品から新たなプロダクトのヒントを思いつき、デザイン画を描き始めるシーンも。
「デザイナーは完成したものばかりではなく、失敗作といわれるものや完成していないものも見てみたいんです。なぜ失敗したのか、その工程を知ることで妄想がふくらみ、新たなアイデアが生まれることも珍しくありません。ぜひ一緒に何か作ってみたいですね」と小坂さん。今後、五十嵐製紙のコラボレーションが誕生するかもしれません。
岩野平三郎製紙所
今回の旅の最後に訪れたのは、今立地区にある岩野平三郎製紙所。1865年に創業した手漉き和紙としては日本でも最大規模を誇る工房です。
これまで横山大観や平山郁夫、東山魁夷など名だたる芸術家も愛用した和紙を製作しているほか、麻を使った和紙や、四人もしくは六人一組で漉く大判の和紙をつくることができる数少ない製紙所でもあります。
こちらの工房でも紙漉きを行うのは女性の職人たち。特に声をかけあっているわけではないのに、息がぴったりなことに驚きます。
こちらはトロロアオイの根などからつくられる「ねり」。和紙を流し漉きする際に紙料と混ぜ合わせる植物粘液で、紙料が水の中で均一に漂浮するほか、紙自体を強くする効果もあるそうです。
漉いた和紙は、圧搾して水分を抜き、一枚、一枚銀杏の板に貼り付けて暖かい部屋で室乾燥(むろかんそう)にかけていきます。
「銀杏を使うのは、天日で干してもくるいが少ないから。木自体にも節が少なくなめらかな仕上がりになるので、多くの越前和紙の工房で使われています。さらにこの板は指物の技術を持つ表具屋さんにつくってもらっています。越前には和紙のほかに箪笥もあるので、このエリアだけで使う道具も手に入るのが産地の特徴の一つですね」と、岩野平三郎四代目の岩野麻貴子さん。
越前和紙古来の紙漉き模様や初代岩野平三郎の技術を継承している岩野平三郎製紙所。紙漉きに真っ直ぐ向き合う職人たちの姿から「この技術を後世に残していきたい」という意思を感じました。
越前和紙に感じたインスピレーション
2日間、越前和紙の現場を巡った二人に、旅の感想を聞いてみました。
「和紙はこれまで何度も使っている素材なので知っているつもりでしたが、実際に産地を訪れてみて初めてわかったことがたくさんありました。コンパクトな産地のなかでこんなにも個性のある工房が集まっているのはすごい。カタログとして見るだけでなく、作っているシーンを見ることで妄想が膨らみます」と小坂さん。
「デザイナーたちが『こんなことはできるか』と難問・難題をふりかけても、職人たちが好奇心のかたまりのような目で『できます!』といってくださるのが面白かったですね。さらに自分たちの想像を超えた提案をしてくれるのもありがたいなと思いました」と笈川さんも続きます。
さらに越前和紙のものづくりで女性が活躍していることも、興味を持ったポイントだったそう。インテリアデザインや建築のシーンでも女性が活躍していることから、女性ならではの目線を大切にしたものづくりも、今後越前和紙の可能性を引き出すきっかけになるのかもしれません。
「使う素材はごまんとあるなかで、どんな人がどのように作るのかが伝わらないと良いクリエイションはできないと思っています。若いクリエイターたちももっと外に出て、ものづくりの現場の人たちと会うことを大切にしていってほしい。外に出ると刺激を受けますし、やっぱり楽しいですからね」と小坂さん。
「次回は越前打刃物と越前箪笥の産地も回ってみたい!」と越前に新たな旅の目的もできた様子。小坂さん、笈川さん、またお待ちしています!
越前叡智(えちぜんえいち) ~Proposing a new tourism, a journey of wisdom.~ 1500年も脈々と先人たちの技と心を受け継ぐまち。 いにしえの王が治めた「越の国」の入口、越前。 かつて日本海の向こうから最先端の技術と文化が真っ先に流入し、日本の奥深いものづくりの起源となった、叡智の集積地。 土地の自然と共生する伝統的な産業やここでくらす人々の中に、人類が次の1000年へ携えていきたい普遍の知恵が息づいています。 いまこの地で、国境や時空を越えて交流することで生まれる未来があります。 光を見つける新しい探究の旅。 ようこそ、越前へ。