江戸とオランダの文化が混在するレトロ空間「出島」を散策
長崎市の中心部にある歴史スポット「出島」。江戸時代の交易の舞台を復元したレトロな町並みは見どころ満載で、タイムスリップ気分を味わえます。路面電車でのアクセスや、観光時に外せないおすすめポイントを網羅!
路面電車が走る長崎市の中心地に突如現れた江戸時代の町並み。ここは「出島(でじま)」という地域で、江戸時代にオランダと貿易を行うために作られました。
今では江戸時代の建物が復元されつつありタイムスリップしたような空間が広がっています。今回は江戸時代の交易の舞台として活躍した出島の見どころを紹介します。
出島をめぐる390年の歴史

Photo by Pixta
出島は1636年に築かれた人工の島です。江戸時代の政府はキリスト教を禁止していたため、長崎に暮らしていたポルトガル人たちと住民を隔てる目的で出島を作りました。当時は海に浮かぶ島でしたが、今では陸続きになっています。
やがてオランダ東インド会社が出島にオフィスを開きます。江戸時代の日本はほとんどの国と外交を持たない政策をとったため、この長崎の出島はオランダ船と東アジアの貿易船のみが入港する唯一の貿易港になりました。

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江戸時代の終わりから明治時代にかけて建物の建て替えや埋め立てが進み、出島は完全に陸地の中に埋もれてしまいました。当時の島の全体像は出島の庭園にある縮尺模型で知ることができます。
復元された江戸時代の町並み

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現在はオランダ商館員達が最初に足を踏み入れた頃の町並みが復元されています。
この爽やかな青色の建物は「旧出島神学校(きゅうでじましんがっこう)」というキリスト教の神学校で、日本に現存する最古のプロテスタント神学校の建物です。
黄緑色の柱が印象的なイギリス風建物は「旧長崎内外(きゅうながさきないがい)クラブ」です。
オランダ船船長の住まいだった「一番船船頭部屋(いちばんせんせんどうべや)」では和服の着付けが体験できます。着物で記念撮影や出島を散策しても楽しそうです。
和洋折衷な江戸時代の不思議生活空間

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緑色の外観と個性的なデザインが特徴の建物は「カピタン部屋」です。カピタンとはキャプテンのなまりで、当時のオランダ商館長が使用していた場所です。
2Fには当時の生活を再現した部屋を見学することができます。畳の上に絨毯を敷いてテーブルやソファを置いた空間は和洋折衷の何とも奇妙な印象です。

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パーティの様子を再現した部屋では、当時の日本の食生活とは異なる肉料理にパンやワインなどが並べられています。
また、一番船船頭部屋の2Fには畳の上に布団ではなくベッドが置かれています。オランダ商人たちがヨーロッパ風の暮らしを持ち込んでいた様子が伺えます。
医学や化学、工芸に触れる出島

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重厚な石造りの「旧石倉(きゅういしくら)」は江戸時代末期に建てられました。今では出島から出土した資料が展示されています。
食器は有田焼で日本の伝統的な柄にオランダ東インド会社の略称「VOC」が描かれ、西洋と東洋のデザインが共存しています。
日本で初めて西洋の医学を紹介した「解体新書(かいたいしんしょ)」やオランダ語を日本語に訳す辞書も展示されています。出島は日本で最先端の情報が集まる場所だったことがわかります。
こうした日用品や文献に加えて護身用のピストルなども発掘されていて、当時の貿易の様子や生々しい生活の場を想像することができます。
おわりに

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出島周辺は開発によりその姿を大きく変えてしまいましたが、島内では復元された町並みから至るところで江戸時代の日本とヨーロッパの文化が育んだ独自の雰囲気が見てとれます。
そして、この小さな出島から貿易を通じてヨーロッパや東アジアとつながっていた歴史に壮大なロマンを感じます。
ぜひ、出島へ訪れてこの島が持つ390年の物語を感じてみてください。
新潟生まれ。事業会社でのマーケティングを経験後、2011年からシンガポールへ移住し、出版社や制作会社で編集に従事。2015年に日本へ帰国しMATCHAのライターに。国内外を旅行する中で見つけた新しい発見を、多くの人とシェアしていきたいです。