関谷醸造:故郷への想いが生んだ、愛知の銘酒
「蓬莱泉」で知られる愛知県設楽町の関谷醸造では、ガイド付き見学や仕込み体験など、酒づくりの魅力に触れられる施設を様々運営しています。地元の味わいと日本酒文化の奥深さに出会ってみませんか。
設楽発で愛知を代表する酒蔵

日本各地の発酵文化を巡る中で、私たちはいくつもの優れた酒蔵と出会ってきました。いずれも卓越した酒づくりと、品質への揺るぎない姿勢が際立っています。
しかし今回ご紹介する酒蔵は、単に「美味しい酒を造る」だけではありません。地域との深い結びつきを持ち、人口減少が進む中山間地域で、地場産業を支える重要な役割を果たしているのです。
関谷醸造は、愛知県全域で愛される銘酒「蓬莱泉」をはじめとする酒造りで知られるだけでなく、訪れる人が実際に日本酒文化を体験できる場を提供しています。仕込みの工程を間近で見学できる施設、酒づくりに挑戦できる体験プログラム、そして自社の酒米を育てる取り組みまで——。
こうした活動は、豊田市に隣接する設楽町にとって大きな支えとなり、「日本酒には地域をつなぎ、活気づける力がある」ということを力強く示しています。
-
目次
- 時代とともに歩み続ける―関谷醸造の物語
- 「蓬莱泉」を支える秘密の素材――設楽の超軟水
- 酒造りのための米を、自ら育てるという挑戦
- 東三河を代表する地酒「蓬莱泉」
- 蔵見学とテイスティングを楽しむ――ほうらいせん吟醸工房(関谷醸造 稲武工場)
- 蔵人体験!──ほうらいせん酒らぼで触れて、学ぶ日本酒づくり
- まとめ
時代とともに歩み続ける―関谷醸造の物語

関谷醸造の歴史は、1864年にまで遡ります。もとは年貢米を集める「庄屋」だった本家から初代・関谷武左衛門が独立し、酒造業を始めたのがきっかけです。そして、設楽地区を代表する酒蔵へと成長しました。
かつて設楽は、岡崎や三河地域と信濃(長野)を結ぶ物流の要衝・三州街道(伊那街道)の宿場町として栄えていました。多くの旅人が行き交い、旅籠や食事処が軒を連ね、酒への需要は常に高かったと言われています。

昭和期(1926〜1989)は大きな変革の時代でもありました。地域の環境が変わっていく中で、関谷醸造もまた大きな岐路に立たされます。主力だった普通酒の価値が下がり始めた頃、四代目当主は大胆な決断を下します。新しい高品質な日本酒のブランド「蓬莱泉」を誕生させました。この酒は瞬く間に愛知県全域で評判となり、蔵を代表する銘柄として確固たる地位を築きました。
また、地元だけに頼らず販路を広げるという判断も、蔵にとって重要な戦略となりました。1985年、周辺道路が拡幅され宿場町としての趣を失う一方で、地域では農業が主要産業に。こうした変化の中で、関谷醸造は新たな市場を見据えて歩み始めます。

普段は見学できない本社の蔵を今回は特別に見学させてもらいました。
現在、七代目当主・関谷健氏のもと、蔵はさらなる挑戦を続けています。日本の酒蔵としては珍しく、地域の土地を活かした自社の田んぼでの米づくりにも着手しました。
さらに、見学や仕込み体験ができるサテライト施設を次々とオープンし、訪れる人が日本酒文化に直接触れられる場を提供しています。特別な日のための高級酒や、現代の嗜好に合わせた新たな酒造りにも積極的で、関谷醸造は日本酒の可能性を着実に押し広げているのです。
「蓬莱泉」を支える秘密の素材――設楽の超軟水

蓬莱泉の人気を支える特徴とは何か。そう尋ねると、関谷さんは迷わずこう答えてくれました。
「一番は“水”です。仕込みに使うのは、ミネラル分が極めて少ない地元の軟水。この水が、なめらかで飲みやすい酒を生むんです。」
豊田市・設楽地区の水は、カルシウムやマグネシウムといった硬度成分の濃度がきわめて低く、硬度はわずか3〜5mg/L。一般的な軟水が約30mg/L、日本の水道水の平均硬度が70〜80mg/Lであることを考えると、その“やわらかさ”は際立っています。

この水から生まれる酒は、やわらかな口当たりで、多くの人に寄り添う味わいに仕上がります。関谷さんは、この地域ならではの水資源を語るとき、深い敬意と感謝をにじませます。
「関谷醸造が今日あるのは、この故郷の水のおかげです。」
設楽という土地、そしてその自然環境を大切に思う気持ちの源には、こうした“水とのつながり”があるのです。
酒造りのための米を、自ら育てるという挑戦

関谷醸造が自社で米づくりを始めた背景には、設楽地域の農業人口の減少と高齢化があります。後継者不足に悩む農家が多い中、「関谷さんの蔵が土地を買い取ってくれるなら安心だ」と、農地を託す動きが広がっていきました。
2000年代初頭は、企業が農業に参入することが法律で禁止されていた時代。しかし法改正により状況が変わり、関谷醸造は2006年に本格的な米づくりをスタートさせます。

「当時は本当に何も分からなくて、どこから手をつければいいのか状態でした」と関谷さんは振り返ります。必要な知識も技術も、すべて地元の農家から直接学んだといいます。
現在、関谷醸造は約42ヘクタールの田んぼで酒米を栽培し、愛知県で人気の酒米品種「夢山水」を中心に育てています。

自社で酒米の品質を守り育てることはもちろん、故郷・設楽の田園風景を守ることにも誇りを感じている関谷醸造。もしこの土地が外部の企業に売られていれば、今の景観は大きく変わっていたかもしれません。
しかし彼らは、その変化に歯止めをかけ、記憶にある“あの設楽らしい風景”を守り続けています。自然豊かで穏やかなこの土地の本質的な価値を、米づくりを通じて未来へとつないでいるのです。
東三河を代表する地酒「蓬莱泉」

関谷醸造の考える定義の中で地酒(じざけ)と認められるためには、次の2つの条件を満たす必要があります。
1.原料となる米の50%以上が地元産であること
2.飲酒可能な地元住民の50%以上に親しまれ、日常的に飲まれていること
蓬莱泉に使用される米の60%以上は地域で栽培されたもの。さらに、蓬莱泉の約90%は豊田・岡崎・安城・豊川を中心とする三河地域を中心に飲まれているのです。
まさに蓬莱泉は、東三河を代表する「地酒」と言って差し支えない存在なのです。

蓬莱泉の定番である「別撰(べっせん)」「秀撰(しゅうせん)」は、日常の食卓に寄り添う親しみやすい味わい。一方で、「空(くう)」「吟(ぎん)」「美(び)」などの純米大吟醸 (*1) は、香り・味わいともに洗練された特別な一本。晴れの日や贈り物にふさわしい品格があります。

創業150年を記念して作られた純米大吟醸「摩訶(まか)」は、なめらかな口当たりながら奥行きある味わいが特長で、ギフトとしても人気です。
*1 純米大吟醸とは、米を50%以下まで磨いて造られる日本酒の最高ランク。手間と技を要する分、香り豊かで繊細かつ複雑な味わいに仕上がります。
これらの銘柄は、関谷醸造の各施設に併設された売店のほか、三河地域の酒販店でも購入できます。ただし純米大吟醸シリーズは生産量が限られており、特に希少な銘柄は予約販売になることもあります。
※「空(くう)」「吟(ぎん)」は現在は完全予約制となっています。購入を希望される方は直接店舗で詳細をご確認下さい。
蔵見学とテイスティングを楽しむ――ほうらいせん吟醸工房(関谷醸造 稲武工場)

ほうらいせん吟醸工房は、2004年に関谷醸造のサテライト施設としてオープンしました。見学を通じて日本酒づくりを学び、工程の一部を体験し、さまざまな銘柄を試飲して“自分好みの一本”に出会える場所です。

ギャラリーは自由に見学でき、ガラス越しに蔵人(くらびと)の仕事ぶりを眺められますが、ぜひ参加してほしいのがガイド付きの蔵見学ツアー。ツアーではより詳しい解説が加わり、実際に蔵の内部に入り、至近距離で酒造りの現場を見学できます。
※酒蔵の詳しいガイド付きの見学・試飲体験は1週間以上前までに事前予約が必要です。また、その際は白衣着用(有料)などの注意事項があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。

私たちが参加した際は、工程をオープンに、分かりやすく見せてくれて、驚きました。杜氏・宮瀬直也さんは、ワイン造りとの比較を交えながら説明してくれるため、日本酒の特徴や味わいが決まる要素が自然と理解できます。
見学では、米の洗米や蒸米、麹づくりの準備、発酵といった主要な工程を実際に目の前で見ることができました。

さらに特別に、発酵中の醪(もろみ)を混ぜる体験もさせてもらいました。フレッシュでフルーティな香りが立ち上り、「このままどんな味になるのか?」とワクワクが止まりません。まさに“日本酒が生まれていく瞬間”を感じられる体験です。

吟醸工房の大きな魅力のひとつが、60kgの米から仕込める「オーダーメイドの酒造り」サービス。地元の農家は収穫した米の一部を持ち込み、約100本の“自分の田んぼの酒”を造って贈り物にしたりする方もいるようです。
結婚式の引き出物としても大人気で、世界にひとつだけのオリジナル日本酒を大切な日に振る舞えるなんて、とても贅沢な思い出です。こうした特別なサービスが、吟醸工房を唯一無二の存在にしています。

ツアー後は併設ショップでの試飲もぜひ。通常3種類の日本酒を無料で味わえます。なかでも吟醸工房で造られた「一念不動」は、瑞々しく驚くほど爽やかな味わいで、訪れたら必ず試してほしい一本です。

ショップには、普段飲みに最適な銘柄から、純米大吟醸や季節限定品まで幅広く並びます。梅・ブルーベリー・あんずなどの果実酒も人気で、これらも吟醸工房で丁寧に仕込まれています。
また、酒粕を使った食品や甘酒、発酵料理に使える米麹なども販売されており、旅のお土産にも最適です。
蔵人体験!──ほうらいせん酒らぼで触れて、学ぶ日本酒づくり

本格的な日本酒づくりを“自分の手で”体験したいなら、2021年にオープンしたほうらいせん酒らぼがおすすめです。
場所は、地元の道の駅「したら」内にあります。小さな蔵を併設し、2~5名(最大8名)で参加できる5種類の体験コースが用意されています。
※事前予約が必要です: https://www.houraisen.co.jp/ja/sakelabo.html (日本語のみ)
まずは経験豊富なスタッフによる日本酒についての基礎講座から始まります。会場は、廃校となった中学校で実際に使われていた備品を用いて“理科室”を再現したユニークな空間。日本人にはどこか懐かしく、海外の方には日本の学校文化を感じられると好評です。

ここでは精米後と精米前の米を見比べたり、品種ごとの形や色の違いを観察したり、発酵の要となる麹菌の標本を見たりと、酒づくりの基礎を視覚的に学べます。疑問があれば何でも質問でき、入門として最適な時間です。

体験できる工程は、以下のいずれか。日によって体験できる工程は変わるので、予約時に必ずスケジュールをご確認ください。
- 洗米
- 蒸し
- 仕込み(水・蒸したお米・麹をタンクに投入し発酵を始める工程)
- 搾りの一部工程(もろみを袋に詰める/袋を搾って酒を取り出す)

訪問時には、私たちも実際に洗米の工程を体験しました。お米の量は丁寧に計量され、水は3回入れ替えます。驚いたのは、洗う時間まで正確に計測し、米が吸収する水分量をしっかりと管理していることでした。

米を洗った後は浸漬(しんせき)の工程に移り、水を吸うにつれて米の色が透明からやわらかな白へと徐々に変わっていく様子を実際に見ることができます。必要な水分をしっかり吸収して初めて、次の工程である蒸しの段階に進むことができます。
今回の工程を通して、「酒造りは科学」ということを目の当たりにしました。この貴重な気づきは、実際に体験しなければ得られなかったものです。本当に心からおすすめできる体験です。醸造の道具に触れ、原料を間近で見るだけでなく、酒造りに適した低い温度に設定されている空間内でひんやりとした空気を感じ、発酵ならではの音や独特の香りにも触れる──まさに五感で味わう体験でした。

どのコースに参加しても、らぼで仕込まれたオリジナルの日本酒が1本付きます。愛知・設楽でしか味わえない、酒造りの世界に直に触れられる特別な体験をお見逃しなく!
まとめ
この紹介を通じて、酒造りがどのように地域や自然環境と深く関わりながら、貴重な伝統を守るために変化をしていることを感じていただけたなら幸いです。
酒造りはもちろんですが、見学ツアー、体験型プログラムに加えて、関谷醸造は名古屋(那古野と久屋大通公園)に「MARUTANI Sake Bar」を2店舗展開しています。そこでは、関谷醸造の日本酒と料理を組み合わせた上質なペアリングを楽しむことができます。
機会があれば、ぜひ蓬莱泉のボトルを開けて、愛知の蔵人たちが生み出す繊細な技の結晶を味わってみてください。設楽町内の施設にもぜひ足を運んで、発酵と日本酒づくりの魅力に触れる、心に残る体験をお楽しみください。
日本のHAKKO(発酵)はUMAMI(旨味)の源。その知られざる「秘密」と「魅力」を、たっぷりご紹介します! その昔、天下を取ったShogunが活躍した名古屋。「名古屋城」や「ジブリパーク」が有名ですが、実は和食を象徴する”UMAMI”を生み出す食文化の宝庫なんです。 ■What’s HAKKO? 和食の味を左右する「調味料」や世界中で人気の「日本酒」づくりにおいて「HAKKO技術」は、重要な鍵を握る存在です。 ■What's Nagoya like? 日本の中部地区に位置し、空路・陸路共に、ハブとなる名古屋。 恵まれた自然環境と風土によって、独特の発酵食文化を育んできました。伊勢湾と三河湾に囲まれた知多半島は、風光明媚な地で、古くから酒や酢・味噌・たまりなどの醸造業が盛んです。徳川家康の生誕地である西三河は「八丁味噌」や「白醤油」といったユニークな発酵調味料の歴史を紡いでいます。