旅の準備はじめよう
武田双雲の日本文化入門〜心楽し〜最終回 作品のメインテーマ「楽」に込めた想い
書道家・現代アーティストの武田双雲さんが日本文化を読み解く連載寄稿「双雲の日本文化入門〜心楽し〜」。最終回は、双雲さんのアート作品のメインテーマ「楽」という字に込めた想いを紹介。自分と人の「楽」を目指す実践は、今注目の「マインドフルネス」に通じるものもあるでしょう。
書道家・現代アーティスト 武田双雲とは
Picture courtesy of 武田双雲事務所
武田双雲(たけだ そううん)さんは熊本県出身、1975年生まれの書道家で、現代アーティスト。企業勤めを経て2001年に書道家として独立。以後、多数のドラマや映画のタイトル文字の書を手掛けています。近年は、米国をはじめ世界各地で書道ワークショップや個展を開き、書道の素晴らしさを伝えています。
本連載では、双雲さんに、書道を通じて日本文化の真髄を語っていただきます。
あわせて読みたい
最終回 アート作品のメインテーマ「楽」
「楽」by 武田双雲 Picture courtesy of 武田双雲事務所
さて、本連載も、10回目となる今回が最後です。
これまで書道の歴史や道具を解説してきました。最終回は、僕がアート作品のメインテーマとしている「楽」という字について語りたいと思います。
連載第2回で紹介した通り、僕はもともと大手電話会社に勤めていました。そこから独立し、書道家として新たな人生を歩き出しましたが、その時点では、明確な目標や指標がありませんでした。
「オーダーを受けて人名や商品ロゴを筆で書く」ことだけは決めていましたが、お手本となる人もおらず、その先が全く見えませんでした。
その時、思いついたのです。人生のテーマを、あえて漢字一文字に絞ってみたらどうだろうと。
そこで好きな漢字を筆で書き出してみました。「志」「恵」「美」「輝」「夢」「楽」「魂」「笑」など……。書きながら最もワクワクする文字を探したのです。すると、一番ワクワクしたのは、「楽」という字でした。
人生のテーマを「楽」に絞ってみよう。そう腹を決めました。
「楽」という字には、「心身が安らかである」と「たのしい」の2つの意味があります。人を楽しませる、楽にさせる。自分も楽しむ、そして楽になる。この4つを極めようと決意しました。
しかし、「楽」は、想像以上に難しいことでした。
例えば、僕は人前ではなかなかリラックスできません。歯磨きや着替え、洗濯といった日常の所作についても、全然楽しんでやっていませんでした。
書道教室 Picture courtesy of 武田双雲事務所
そこで毎日、修行僧のように、自分が今「楽」な状態にあるかを細かくチェックしてみました。すると、さまざまな発見がありました。
まず、人を「楽」にするには、人の苦しみを理解するのが大切だということです。また、人を楽しませるには、人がどんな時に退屈なのか知る必要があります。
自分自身の「楽」についても、日常生活でたくさんの無駄な力を使われていました。そのため、例えばお風呂上がり、焦りや力みを丁寧に減らし、「楽」に体を拭く練習を毎日続けています。すると、書作品にもエネルギーが宿り、たくさんの人が感動してくれるようになりました。
何より大きな発見だったのは、自分自身が楽しむには、「楽しい」と感じることを行うだけでなく、退屈だったり、義務的にやっていたりすることを楽しみに変えていく必要があるということです。
神楽鈴 Photos by Pixta
「楽」という漢字の起源は、収穫祭の時に神様のエネルギーを音に変換した鈴にあります。「楽」(たのしい、らく)は、突き詰めると感謝に近づいていくのではないでしょうか。これからも、「楽」を一生探究し、実践していこうと思います。
これまで連載をお読みいただき、ありがとうございました。