旅の準備はじめよう
【手仕事のまち越前市】やっぱり手仕事に敵うものはないでしょう
2022年8月27、28日、越前市アイシンスポーツアリーナで開催された千年未来工藝祭。その中で私達、池田義文と料理研究家の南風食堂 三原寛子が2010年から全国各地で開催してきたギブミーベジタブルという、野菜の食と音楽のイベントを開催することになり、今回初めて越前市を訪れました。
機械化が進み、効率とスピードが求められる今、それでもひたむきに手仕事にこだわる職人さんたちが多く存在する越前という地域。その手仕事に込められた秘密を探るべく、幅広く「手で行う仕事」という観点から、職人さんや農家さん、味噌作り職人の方々の作業場を訪れました。この取材の中でとある職人さんが仰った「やっぱり手仕事に敵うものはないでしょう」という力強い一言。その一言がこの取材旅の間中、僕の心を捉えて離さないのでした。
山田英夫商店
最初に向かったのは、山田英夫商店さん。越前打刃物の卸問屋として1970年に創業し、卸しだけでなく包丁の研ぎ直しや柄の取り替えも行います。料理研究家の三原さんが日常生活の中で使っているステンレス製の三徳包丁を研ぎ直ししてもらうことに。
細かい刃の乱れやカケを丁寧にチェックしながら、何段階にも作業を分けて丁寧に研ぎ直す山田さん。段階をふむ度に包丁は徐々に輝きを取り戻し、山田さんの手あてにより、刃物自体が生き物のように生気を取り戻して、息を吹き替えしていくかのようでした。「綺麗に美しく研いで頂いた包丁を見ると、自分に合った包丁を一本決めて、長く大事に使っていきたいと感じました」と三原さん。
毎日のように使っている道具でありながら、包丁の種類や用途、特徴など、知らない僕にも丁寧に説明をして頂きました。自分がどういう包丁を求めているか朧げに見えてきます。こういう商店が自分の住んでいる地域にあることで、「食材を切る」という何気ない普段の生活の行為が輝きを増し、それが地域の豊かさに繋がっていくのだと感じました。
https://www.echizen-tourism.jp/travel_echizen/shop_detail/144
安立打刃物
次にお話を聞きに向かったのは創業1873年、安立打刃物6代目の伝統工芸士であり、鍛冶職人の未来を担う池田拓視さんのいる「タケフナイフビレッジ」へ。タケフナイフビレッジの最大の特徴は「知恵と技術の共有」。職人さんの世界では、とかく技術や知恵は門外不出とされ、オープンにされることが少ない中で、この施設は職人さんの作業風景や手元まで全て見えるように作られています。実際に各地の刃物職人の方々が頻繁に訪れているとのことです。
伝統や伝統工芸が廃れていくと言われている中で、個々の利益にとらわれずに知恵と技術を共有しながら、業界全体を向上していこうという意識で作られたこの施設は、とても稀有で貴重な施設です。
ここで働く池田さんが作る打刃物は、一本一本火造り鍛造という技術で作られており、海外、特に欧米からの注文が殺到しているため、納品までにかなり時間がかかるそうです。武生で生まれた特殊な鋼を使用しているだけでなく、未来感のある美しいデザインはとても個性的です。伝統を受け継ぎながらも常にアップデートし、工芸の新しい未来を切り開いていこうとする池田さんの思いが、その手仕事によって反映された芸術品のようでした。
実際に包丁を使った三原さんは「池田さんの包丁は軽くて、食材に吸い付くようにすっと切れて、使いやすい。」と衝撃を受けていました。「使いやすい道具があると作業がより楽しくなる。打刃物の技術が受け継がれ、進歩してきたことと、暮らしが豊かに幸せになることが繋がっている。そのことが実感できて、改めてこの包丁を大切に使い続けていこうと思いました」と。
https://www.takefu-knifevillage.jp/anryu
生蕎庵
お腹も空いた頃合いで向かったのは、2015年にオープンし2021年にミシュランプレートにも選ばれた「生蕎庵」さん。我々が注文したのは、名物のおろしそばと1日10食限定の手挽きそば。蕎麦の味を最大限に引き出せるように、気温や玄蕎麦の状態に合わせて毎日調整しているという蕎麦は、野趣溢れる香り高い蕎麦。特に手挽き蕎麦はモチモチとした食感の中に、強いコシと喉越しを兼ね備えた深い味わいでした。
手挽きの蕎麦のあまりの違いに驚き、その理由を店主の山﨑さんに伺ってみると、「蕎麦粉を挽くときに摩擦熱で風味が失われるっていうこともあるけど、それはね、やっぱり手仕事に敵うものはないでしょう」と。手を通して感じる熱や音、振動などの感覚は、機械や数字では測ることが出来ないもの。「手仕事」の醍醐味に気付かされたお店でした。
https://www.echizen-tourism.jp/travel_echizen/food_detail/75
マルカワ味噌
続いて訪れたのは、創業大正3年、国産の無農薬・有機栽培味噌や、無肥料・自然栽培の味噌のみを製造し、全国でも珍しい味噌蔵に付着した天然の蔵付きの麹菌を使用しているマルカワ味噌さん。
中でも特に興味を引いたのが、ヴィヴァルディを聴かせて発酵させたという「ヴィヴァルディ味噌」。味噌の中には生きた麹菌がいて、人間が感じるのと同様に音楽の振動を受けとり、何らかの変化があるのでは?と思い、始めたといいます。「お味噌自体が柔らかくなる」などの違いを、製造現場で感じることがあるそうです。
我々ギブミーベジタブルのチームは、滋賀の郷土料理である鮒鮓を毎年作っています。同じ材料で同じ作り方をしても、全員違う風味や味になります。それはその人の手に生きている常在菌が材料と共に発酵し、味を決めるからとも言われます。それこそが「手仕事」の面白さであり、作る人の気やエネルギーのようなものが、手を通してその中に宿る様に、ヴィヴァルディの音楽が味噌に通じていると思うと、食べる楽しみも増すのでした。
たこ焼きQueen 農家 永木良和さん
次に訪れたのは越前市の駅前で農家である永木良和さんが経営するお店、たこ焼きQueen。自家製・地産地消にこだわり、自ら育てる新鮮なネギとキャベツをふんだんに使ったたこ焼き屋さんでお話を伺いました。
永木さんは、「ミルキークイーン」というコシヒカリの派生種を育てている米農家さんです。そのあまりの美味しさに惚れ込み店名もQueenに。育てたお米を使ったお弁当もお店で販売しています。また、周辺の休耕田を利用してネギとキャベツも育てています。
野菜作りから、その素材を使ったたこ焼きの販売までを一貫して行う永木さん。自分の体の中に入れる食べ物を、目の前の永木さんが作っているという安心感と、たこ焼きという間口の広さ。その安心感と優しさがふんだんに詰まった美味しいたこ焼き屋は、小さな子供達からご老人達まで訪れ、地域の人たちの憩いの場となり、訪れる人達を幸せにしているお店でした。
https://www.instagram.com/queen_takeout2020/
白ネギ農家 安井貞彦さん
最後に訪れたのは、白ネギ農家を営む安井貞彦さん。白ネギ農家を始めたきっかけは、なんとたこ焼きQueenの永木さんの家にたまたま遊びに行った際に見た、休耕田の田んぼの中に美しく生えた白ネギの風景でした。「その光景に心を打たれ、白ネギを育てたくてどうしようもなくなった」と語る安井さん。
ルーブル美術館でピカソの絵を見た岡本太郎が、強い衝撃を受け、抽象芸術へと進んだ様に、心に強い印象を残した永木さんの白ネギ畑の風景が、安井さんのネギ農家への道を開いた。そんな安井さんが作る白ネギ畑は絵画の様に美しく、居るだけで気持ちが落ち着き、安井さんの白ネギへの愛情が伝わるとても素敵な畑でした。
今回、私たちが手仕事を巡る旅で感じたのは、工藝に限らず、農作物や料理も、人が手を使って生み出したものには、その人の「気」や「魂」のようなものが宿るということでした。もしこの紀行文を読んで、美味しそう、触れてみたい、使ってみたいと感じたのであれば、実際に越前市を訪れて、作り手の方に話を聞いてみて欲しいです。
その人が話す言葉や、作る姿、作り手の想いが全て、工芸品や食べ物に込められていると感じ、人の手によって生み出されるものの素晴らしさや、多くの作り手が集まる手仕事の街「越前市」の魅力を感じてもらえると思います。
┃池田義文 /ギブミーベジタブル代表
2010年から全国各地にて80回以上開催している、入場料と出演料が野菜(食材)の食+音楽イベント、ギブミーベジタブル主宰。2016年からは、音楽、食、絵画、立体物、装飾、空間演出など様々な創造的方法で新しい”アジア”的感覚生み出そうとする「新亜細亜的超越感覚」主宰。DJ EROCHEMISTとしても活動中。狩猟もやる。現在は鮒鮨作りに夢中。
「新亜細亜的超越感覚~Neo Asian Super Sense」では、堺市が後援 につき2019年5月には世界三大古墳である、仁徳天皇陵古墳前で新亜細亜的超越感覚を開催した。大阪の民謡、河内音頭のギタリストとして、奈良の東大寺をはじめとする関西地方の数々の祭りの櫓 にて演奏をする。様々な活動が評価され2014年、環境省、一般社団法人ロハスクラブ主催「ロハスデ ザイン大賞2014」のヒト部門にノミネート。 EROCHEMIST
soundcloud: https://soundcloud.com/tripxtripギブミーベジタブル HP: http://www.givemevegetable.com/
┃南風食堂 三原寛子(料理人)
料理ユニット“南風食堂”主宰。坂本龍一らアーティストによる地球環境と想像力をテーマにしたプロ ジェクト“code”事務局を経て、環境に負荷をかけない団体に融資を行うアーティストによる非営利市 民バンク“ap bank”元理事。1999年より、料理ユニット“南風食堂”を立ち上げ、雑誌や書籍、 WEB でのレシピ紹介、イベントでのケータリング、美術館やギャラリーでの展示などを行う。著作に 『WHOLE COOKING』『ドレッシング 100 レシピ』『ココナッツオイルの本』など。アーツ前橋に て食をテーマにしたグループ展“FOOD SCAPE”に参加。国際中医学薬膳師。
越前叡智(えちぜんえいち) ~Proposing a new tourism, a journey of wisdom.~ 1500年も脈々と先人たちの技と心を受け継ぐまち。 いにしえの王が治めた「越の国」の入口、越前。 かつて日本海の向こうから最先端の技術と文化が真っ先に流入し、日本の奥深いものづくりの起源となった、叡智の集積地。 土地の自然と共生する伝統的な産業やここでくらす人々の中に、人類が次の1000年へ携えていきたい普遍の知恵が息づいています。 いまこの地で、国境や時空を越えて交流することで生まれる未来があります。 光を見つける新しい探究の旅。 ようこそ、越前へ。