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【手仕事のまち越前市】世界中のアーティストに愛される越前和紙
越前和紙はなぜ国内外のアーティストに愛されるのか
越前の画材用紙
全国に数ある和紙産地の中でも、約1500年という長い歴史を持つ越前和紙。
室町時代には公家や武家の公用紙である「越前奉書(えちぜんほうしょ)」を生み出し、明治時代以降は紙幣や証券も製造されるなど、その品質に古くから高い評価を受けてきた。
また、越前和紙は芸術分野でも注目されており、横山大観や平山郁夫などが「麻紙」を愛用。「越前奉書」は、あのピカソからも注文が来たといわれている。
国内はもとより、海外のアーティストも愛用する越前和紙。その魅力は一体何なのだろうか。
レンブラント
あの有名画家の版画に越前和紙が!?
2014年、越前和紙の産地に激震が走った。 17世紀の画家レンブラントの版画に、越前和紙が使われた可能性があるというニュースが舞い込んだのだ。
レンブラントはオランダ・アムステルダム出身の画家。代表作『夜警』のほか、版画や素描作品も数多く残しており、絵の対象物を光によって際立たせる技法を用いていたことから、「光の魔術師」とも呼ばれる。
国立西洋美術館に所蔵されているレンブラントの版画『病人たちを癒すキリスト』を光学顕微鏡などで調べたところ、版画紙に和紙の原料に使われる雁皮(がんぴ)を発見。
当時のオランダは、東インド会社がアジアでの交易を拡大しており、日本からも長崎を通じて和紙を輸入していた。実際に長崎・出島のオランダ商館の帳簿には雁皮を原料とする和紙の輸出記録があったことから、越前和紙の可能性が急浮上したのだ。
「雁皮の紙は発色が良く弱い印圧でも深い暗闇を表現できたことから、レンブラントもこの紙に魅了されたのかもしれませんね」
と語るのは、杉原商店の杉原吉直さん。1871(明治4)年から続く越前和紙の問屋であり、「和紙ソムリエ」として、国内外のアーティストから全幅の信頼を寄せられている。
▲杉原さん。越前和紙の魅力を伝えるため、国内外を飛び回っている
越前和紙の産地を知り尽くす杉原さんに、詳しくうかがってみよう。
活版印刷
日本初の活版印刷がもたらしたもの
レンブラントが越前和紙を知ることになったのは、実は16世紀頃の出来事がきっかけといわれている。
1582(天正10)年にキリシタン大名の命を受けてローマへ派遣された天正遣欧少年使節団(てんしょうけんおうしょうねんしせつだん)が、現地の活版印刷機を日本に持ち帰ったのだ。
印刷機は島原半島に運び込まれ、伴天連追放令を発布していた幕府に隠れてキリシタン本を印刷する。「日本初の活版印刷」といわれている本だ。
「この時代は洋紙はまだ日本になく、和紙に印刷をしていたはずです。世界中の紙を集めていたレンブラントは、このキリシタン本を見たことをきっかけに、越前和紙を知ったともいわれています。」
雁皮の和紙
手間と時間がかかる雁皮の和紙
和紙は楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの、木の皮から取り出した繊維でつくられる。
「レンブラントが銅版画に使ったと推測される越前和紙は、雁皮で作られた雁皮紙です。淡い黄褐色の、緻密で滑らかな紙でして、鳥の卵の色に似ているので鳥の子とも呼ばれます。」
「楮と三椏に比べて雁皮は繊維が平たい(扁平:へんぺい)ので紙の密度が高く、紙の内部へのインクや絵具の浸透が少なく、にじみも少なくなり、発色の良い紙になります。」
「越前は中世から高品質な雁皮紙の産地として有名で、後の江戸時代になると越前の雁皮紙は、紙の最たるもの・紙王というべきか、と絶賛されるほどでした。」
雁皮は栽培が出来なかったので、山に自生しているものを採取し、紙の原料にしていた。(現在では栽培法が確立している)
雁皮紙を作る際に大切なのが「塵選り(ちりより)」。雁皮は特に「塵」と呼ばれる細かな木の皮や砂、異物などが多く付着しているため、それを丹念に手作業で取り除く作業は非常に手間がかかるのだ。
手間を惜しまずつくられた越前の高品質な雁皮紙だからこそ、レンブラントは版画用紙に選んだのかもしれない。
問屋
アーティストと職人をつなげる問屋の存在
明治時代以降、越前和紙は日本画や書道、現代美術など、さまざまな分野のアーティストから注目を集めるようになった。現在では特定の作品に使うための和紙の開発依頼も増えている。
そのなかで大きな役割を果たすのが、杉原さんのような問屋の存在だ。
問屋というと、流通の仕組みのなかで商品を卸すイメージがあるかもしれないが、杉原さんは販路開拓や和紙の開発、お客さんと職人の橋渡しも積極的に行う。
「越前和紙の産地は規模が大きく、さまざまな素材や技法を使う職人がいます。そのため、自分が求めている和紙をつくる職人を見つけるのは難しいかもしれません。こんな和紙がほしい、というアーティストの要望に合わせて、ノウハウのある私たちが職人をつなぐことも大切な役割だと思っています」
▲世界中から杉原さんのもとに問い合わせが入る。なかには「厚さ5cm・長さ20mの和紙がほしい」といった注文が入ることも
原料の配合率や乾燥方法、ミリ単位の薄さなど、求める和紙を生み出すためのこだわりは、一流のアーティストであればあるほど強いのかもしれない。作品づくりへの情熱に寄り添い伴走する杉原さんの存在は、アーティストにとって心強い存在に違いないはずだ。
▲漫画家の井上雄彦氏の作品。ほかにもアメリカ人彫刻家のリチャード・セラ氏や書家の武田双雲氏も越前和紙を愛用している
時間と手間を惜しまない越前和紙のものづくりは、何百年も受け継いできた技と、職人と使う人との懸け橋となる問屋の存在によって支えられている。これから先も多くのアーティストを魅了していくことだろう。
▼杉原商店
越前叡智(えちぜんえいち) ~Proposing a new tourism, a journey of wisdom.~ 1500年も脈々と先人たちの技と心を受け継ぐまち。 いにしえの王が治めた「越の国」の入口、越前。 かつて日本海の向こうから最先端の技術と文化が真っ先に流入し、日本の奥深いものづくりの起源となった、叡智の集積地。 土地の自然と共生する伝統的な産業やここでくらす人々の中に、人類が次の1000年へ携えていきたい普遍の知恵が息づいています。 いまこの地で、国境や時空を越えて交流することで生まれる未来があります。 光を見つける新しい探究の旅。 ようこそ、越前へ。