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絢爛豪華な仏教史跡。岩手・平泉の世界遺産のめぐり方
5つの資産が世界遺産に登録された岩手県の平泉。毛越寺の浄土庭園、観自在王院跡、無量光院跡、中尊寺の金色堂といった見どころを紹介します。駅から徒歩やバスで移動できるのもポイントです。
1日でまわる平泉の世界遺産
はじめて訪れたのに懐かしく感じる場所。わたしにとってそれは、故郷の九州から遠く離れた東北・岩手県の平泉でした。
東京から新幹線で一関(いちのせき)まで行き、東北本線に乗りかえること10分。平泉駅の改札を出るとのどかな風景が広がります。ロータリーの先には奥州の山々。なだらかな稜線とふもとの景色は故郷の家路を彷彿とさせ、ほっとしてしまったのです。
しかし、ふるさとの田舎町とちがい、平泉は世界遺産に5つの資産が登録された歴史の要所です。12世紀(平安時代)に豪勢をほこった奥州藤原氏によって、さまざまな寺院が建立されました。のんびりとした雰囲気の駅前からすこし歩くと、これらの世界遺産に出会えます。
本記事では平泉の世界遺産のめぐり方を紹介。最初の目的地は、駅からもっとも近い世界遺産「毛越寺(もうつうじ)」です。
毛越寺:浄土庭園で感じる静けさ
駅から毛越寺へは徒歩で10分ほど。田畑や民家が並ぶ道を進みます。あぜ道に目を向けると、野の草花が可憐な花を咲かせているのに気づくでしょう。
毛越寺は、奥州藤原氏2代・基衡(もとひら)から3代・秀衡(ひでひら)の時代に多くの伽藍がつくられ、隆盛を誇りました。境内では荘厳な本堂、そして広大な浄土庭園が見どころです。
浄土庭園とは、仏教で説かれる極楽浄土を表現した庭のこと。仏典(※1)には極楽浄土の様子がこのように描かれています。「西の方に阿弥陀仏(あみだぶつ)の住む極楽浄土がある。建物や木々は金銀、瑠璃でできており、池には巨大な蓮の花が咲き芳香を放つ」。
このため浄土庭園では、阿弥陀仏を祀ったお堂の前に池をつくり、仏教の象徴、泥水に染まらず美しい花を咲かせる蓮(※2)を植えるのが定説です。
毛越寺の池は、海を模したつくりになっています。風になでられ静かにさざなみをたてる水面を眺めていると、心に静寂が蘇るよう。平安時代の人びとも、この静けさを感じながら、極楽浄土に思いをはせていたのかもしれません。
※1:仏典……ここでは阿弥陀経のこと。現代語訳は、明順寺『仏説阿弥陀経』(現代語訳)を参考に意訳
※2:蓮……毛越寺の浄土庭園に蓮が植えられていたという記録はありません。今日、池にはあやめが植えられており、6月末から7月初旬に見ごろを迎えます。
観自在王院跡・無量光院跡:絢爛豪華な寺院の跡
毛越寺の横に、一見原っぱのように見える場所があります。知らなければ素通りしてしまうかもしれませんが、これはれっきとした世界遺産の一部。「観自在王院跡(かんじざいおういんあと)」と「無量光院跡(むりょうこういんあと)」です。
いずれも12世紀の史跡で、観自在王院は2代・基衡の妻が建てたとされる寺院。無量光院は、3代・秀衡が京都の平等院鳳凰堂をモデルにして建てた寺院です。2つの寺院にはそれぞれ浄土庭園がありました。
画像はイメージです。
無量光院は平等院鳳凰堂よりもやや大きめに造られた、それはそれは煌びやかな寺院だったのだとか。
建物は近くの山・金鶏山(きんけいざん)を背にして東向きに建てられ、ちょうどうしろの山に日が沈むような設計に。訪れた人は西を向いてお堂や山、そして日没を拝むことができました。
これは"浄土は西にある"という思想を体現したもの。金鶏山も世界遺産のひとつです。残念なことに2つの寺院は火災で消失し、いまでは礎石の跡などを見ることができます。
でもなぜ平泉に多数の寺院が? 読み解くカギは次の目的地、「中尊寺」にあります。
中尊寺:平和な世への願い
観自在王院跡から歩くこと20分。緑深い山のなかにある中尊寺は、8世紀ごろに高僧・円仁(えんにん)によって開かれ、12世紀に奥州藤原氏の初代・清衡(きよひら)がお堂や仏塔を建てさせた歴史をもちます。
長くつづいた戦乱で父や妻、子を失ったすえに、東北の統治者となった清衡。彼が望んだのは、「仏教思想にもとづく平和な世をつくること」でした。そして、中尊寺をその拠点としようとしたのです。
中尊寺の建立に際し、清衡はこんな願いを書き残しています。
「戦いにたおれた人は昔から今まで、どれくらいあっただろうか。いや、人間だけではない。動物や、鳥や、魚や、貝も、(中略)数え切れない命が、今も犠牲になっている。(中略)鐘の声が大地を響かせ動かす毎に、心ならずも命を落とした霊魂を浄土に導いてくれますように」中尊寺建立供養願文より(※3)
なんと強い願いでしょう。息子の基衡や孫の秀衡は彼の意志をうけついで、毛越寺や無量光院などの寺院を建立し、平和な世の実現を願いました。
※3:中尊寺建立供養願文……いわて平泉 世界遺産情報局「中尊寺建立供養願文」より引用
寺でもっとも有名な史跡、金色堂の建立は清衡が命じたもの。雨風からの保護のため、金色堂は上の写真のような覆堂(おおいどう)のなかにあります。
金色堂は建物全体が金箔で塗られているほか、内部には螺鈿や象牙、宝石の煌びやかな装飾が。当時の技術を駆使して極楽浄土を再現しようとした清衡の並ならぬ思いが伺えます。
金色堂は撮影禁止のため、ぜひ現地で実物をご覧ください。
お堂では、清衡・基衡・秀衡と、4代・泰衡(やすひら)の亡骸がそれぞれ黄金の棺(ひつぎ)のなかに納められ、泰衡の棺からは蓮のタネがみつかりました。
研究者が1998年に開花に成功。中尊寺ハスと名付けられたその蓮は、中尊寺の池に植えられ、毎年夏に美しい薄桃色の花を咲かせています。
800年もの時をへて蘇った蓮の花は、今を生きるわれわれへのメッセージのように思えてくるから不思議です。
平泉、心を洗う旅へ
朝から出発すれば、1日で平泉の世界遺産を見てまわることができます。今回は徒歩でのアクセスを紹介しましたが、各スポットへは巡回バス「るんるん」でも訪問可能。効率よく移動したい人は利用してみてください。
まわりおえた頃には、豪華な仏教史跡といにしえの人びとの平和への願いに、心が洗われるような気持ちになるでしょう。
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