旅の準備はじめよう
深沢小さな美術館ー魅力あふれる森に囲まれた東京のアートスポット
東京都あきる野市には彫刻家、友永詔三の作品を展示したすてきな美術館「深沢小さな美術館」があります。居心地のいいカフェも併設され、自然とアートに包まれた穏やかな時間を過ごすことができます。
森の妖精ZiZiが道案内!東京の隠れたアートスポット
東京のあきる野市は、景観が美しい散歩道のある秋川渓谷など、自然に恵まれた街として知られています。
JR武蔵五日市駅で下車し、北口を出ると、かわいい木彫りのこびとが出迎えてくれます。こびとが示す方向に進むと、道端や個人宅の庭、谷、森の木陰につぎつぎとこびとが現れます。
ZiZiと呼ばれるこれらの森の妖精は、東京のもっとも魅力的な美術館のひとつ、深沢小さな美術館に導いてくれます。
深沢小さな美術館—1人のアーティストの生涯の夢
深沢小さな美術館でまず目を惹くのは、その外観です。表面がでこぼこの壁、木の扉、室内の柔らかい明かりが洩れてくる大きな窓、まるでおとぎ話に出てくる家のようです。
美術館には現代彫刻家、友永詔三(ともなが あきみつ)さんの作品が展示されています。この美術館は友永さん本人が古民家を改修し、2002年にオープンしました。ですが毎年、改造や改築など、手が加えつづけられています。隣には、友永さんのアトリエがあります。
館内にはいると、妖精のような少女、こびと、キメラをはじめ、幻想的な人や生き物で埋めつくされた世界が待っています。どの国の人であろうと、この世界の住人たちにはどこかしら懐かしさを感じるでしょう。
彼らを眺めていると、子どものころの無垢な空想の世界がよみがえってきます。
友永詔三さんのプロフィール
友永詔三さんは1944年に高知県で生まれました。オーストラリアで7年間、パペット製作を学んだのち、1975年に日本でパペット・デザイナーとしてデビュー。その後はテレビのアニメシリーズやCM用の人形をつくってきました。
日本の放送局・NHKで1979年から3年間放送された人形劇シリーズ『プリンプリン物語』のパペットは高い評価を得ました。この番組には、総計500体のパペットが登場しました。すべて友永さんが考案し、製作したものです。
友永さんは、1987年にニューヨークの劇場で公演された人形劇、「卑弥呼ー日出る国の女王」で用いられたパペットや小道具の製作にもたずさわりました。
あきる野市の深沢小さな美術館に陳列されている作品をはじめ、友永さんの作品は年に1度開催される個展や、アートイベントで鑑賞することができます。
友永彫刻の魅惑的な世界
友永さんが目指すのは、劣化したら自然界に還れる素材だけを用いて、美術館や芸術作品を創造することです。この美術館にあるものはどれも木や紙、石でできています。
友永さんが主に着想を得ているのは、素朴な木のおもちゃ、森や川に生息する小さな生き物、地元の祭りなど、彼自身が子ども時代に体験した世界です。
彼が何度も取りあげてるテーマがいくつかあり、作品はそのテーマによってグループ分けすることができます。では、それぞれのグループを紹介しましょう。
1.舞台用パペット—日本の物語や伝説を伝える
『プリンプリン物語』のようなテレビ番組のために考案・製作されたパペットも、この美術館に展示されています。上の写真は『プリンプリン物語』シリーズの主人公、祖国を探して世界を旅する王女です。
1980年代に子どもだった日本人の心に刻まれているこのパペットは、とても優美で、強さと優しさがにじみ出ています。髪の毛は銀色の糸で実に精密につくられています。
そのほか、番組に登場したパペット——悪人も善人も——が、美術館の一画に勢ぞろいしています。たとえ『プリンプリン物語』を知らなくても、これらのパペットを見れば、視聴者に大人気だったこの656話から成る物語の規模がどれほどだったかわかるでしょう。
『卑弥呼ー日出る国の女王』の主人公、卑弥呼も展示されています。このパペットは、古代日本に存在した邪馬台国を支配した女王、卑弥呼をモデルにしています。
物語は卑弥呼が誕生してから、シャーマニズム的な力と最高権力を手中に収め、この世を去るまでの一生を描いています。
2.木彫
彫刻家としての友永さんの作品でもっとも知られているのが、木彫りの少女像です。これらの彫刻は、変化しつつある瞬間を捉えると同時に、まだ完全には現れていない、人間の肉体に宿る潜在能力を描き出しています。
例えば人によっては写真の彫刻が、少女が女性へと変わっていく(いつか子を生み母親になる)、その姿を表現しているように見えるかもしれません。また下の写真のような彫刻を見れば、人間ではありえないようなその姿勢に、肉体の限界を超え、超自然的な境地へと向かっていることを考える人もいるかもしれません。
さらにほかの彫刻は、「自分の内に秘められた能力を開花させたい」という、人が誰しも抱くような夢を想起させてくれるはずです。
友永さんはこういった作品の着想を、舞台公演にたずさわっていたときにともに仕事をしたバレエダンサーから得たそうです。ダンサーの繊細な肉体は一見不安定に見えて、驚くべき安定性と強度を保っていました。
命あるものは常に変化し続け、いつかは消え去っていく。友永さんが創った少女の像は、そんな命ある肉体の曖昧さや不安定さと同時に、確かな生命力をも表現しているのです。
彫刻には大型で重量感のあるものもありますが、友永さんの作品はどれも軽く、細いものばかりです。ほかの芸術家と同じく、彼もまた、別の姿に変貌するものをとらえようとしています。
3.ランプ、こびと、その他の作品
この美術館に展示されているランプは、木や和紙(日本の紙)からできています。これらも友永詔三さんの手作りで、なかには販売されているものもあります。
美術館の中にも外にも、いろいろな大きさのZiZiが飾られています。大きな作品の一部になっているものもあれば、展示されている作品のユーモラスな守護者として立っているものもあります。
この美術館は、友永さんが細部までこだわりを持ってつくっているので、一見すると作品には思えないものにも驚きが隠されているかもしれませんよ。それらはすべて、ユーモアと限りなく広がる創造性から生み出された、「深沢小さな美術館」が具現化する壮大な物語の一部なのです。
居心地のいいカフェとミュージアムショップ
作品を鑑賞したあとは、併設されているカフェでコーヒーブレイクを楽しんではいかがでしょうか?
カフェも、テーブルや椅子をはじめカフェ内にあるものも、不規則で自然な素材そのものの形を大切にする友永詔三さんの手作りです。
大きな窓からは、館外の庭や池が望めます。訪問者は、緑の草木(秋には信じられないほど鮮やかに色づきます)や、静寂を破るのは鳥のさえずりだけという森の静けさに心地よく酔うでしょう。
カフェには友永さんが収集した美術作品が並んでいます。彼が個人的に気に入った作品や、アーティスト仲間の作品です。
テラスに出れば、まわりの景色をもっと楽しめますよ。
友永さんが一から作った池は、鯉が泳ぐ一般的な池のようでいて、実は水族館のように側面から中の様子を見られるようになっています。このような池は初めて見るはず。
このカフェでは、500円でコーヒーや紅茶を味わえます。ドリンク類は、この美術館のマネージャーである、友永さんの奥さんがつくっています。美術館のそこかしこに飾られている花は、奥さんが生けたものです。
このすてきな美術館を訪れた記念の品を買いたい人は、こぢんまりとしたおみやげコーナーをのぞいてみてください。友永さんの作品の写った絵葉書はもちろん、ミニチュアサイズのZiZiも買えますよ。あきる野の森で体験した冒険と発見の、またとないおみやげになるはずです。
アクセス情報
「深沢小さな美術館」は、JR武蔵五日市駅(南口)より歩いて40分ほどで着けます。道沿いに立っているZiZiが、あなたを美術館まで案内してくれます。美術館までの道は起伏があり、ちょっとしたハイキング気分が味わえます。
車かタクシーならば、JR武蔵五日市駅から約10分で到着します。
開館しているのは、4月1日から11月30日までです。冬の間は休館となります。
東京・あきる野市の「深沢小さな美術館」に行ってみよう
東京滞在中に1日、自然に包まれて過ごしたい人は、あきる野市の深沢エリアにぜひ足をのばしてください。美しい森と渓谷のあいだに、魅力あふれるアートスポット、深沢小さな美術館はあります。きっと子どものころの夢を思い出して、心が躍りますよ。
この地区はあじさいの名所としても有名です。6月の終わりか7月の初めに訪れる方は、美術館に行く途中に南沢あじさい山に寄ってはいかがでしょうか。木々に覆われた山腹には、何千もの美しいあじさいが咲いています。
ここでも、花や木の陰からZiZiが顔をのぞかせ、微笑みながら、一緒に遊ぼうと誘ってきますよ。
In cooperation with 深沢小さな美術館
2016年よりMATCHA編集者。 能楽をはじめとする日本の舞台芸術に魅せられて2012年に来日。同年から生け花(池坊)と茶道(表千家)を習っています。 勤務時間外は短編小説や劇評を書いていて、作品を総合文学ウェブメディア「文学金魚」でお読みいただけます。