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御岳山のロックガーデン——東京で渓流のせせらぎが聴こえる場所
東京で静かなエリアを探している方は、御岳山のロックガーデンを目指してみてはいかがでしょうか。山を流れる透き通った渓流や、周辺の見事な岩石、また苔むした木々が、時間を忘れてしまいそうなほどの美しい景色を作りあげています。
私にとっての「人のいない東京」
「人のいない東京」という言葉を聞いたとき、御岳山のロックガーデンが真っ先に思い浮かびました。そこに行くたびに、東京にいるのか、それとも、いつのまにかワームホールを抜けて住む者のいない星に着地したのかと、不思議な気持ちになるのです。
ロックガーデンは山の中で渓流のせせらぎや小鳥のさえずりが聞こえてくる場所です。東京のような都会に、こんなにのどかで、手つかず森があるとは思わないでしょう。
御岳山 ——東京西部の霊峰
御岳山(標高929メートル)は秩父多摩甲斐国立公園にある人気の登山スポット。土日祝日に運行しているJR特別快速ホリデー快速に乗り、新宿駅から西に約1時間20分の御嶽駅で下車します。
駅前から出る路線バスに乗ると、ケーブルカーの駅「滝本駅」に行けます。ケーブルカーに乗って約6分で、御岳山の頂上に到着です。
御岳山は昔から、神聖な山とされてきました。神道と仏教の信仰が混ざり合った古い宗教「修験道」の実践者たちが山に入り、厳しい修行に努めてきた場所です。
山頂には武蔵御嶽神社があります。これまで修験道の、厳格な務めの中心として栄えてきました。今では日帰りの登山スポットとして人気が高く、神社の祭事や季節の催しの期間には、市内から大勢の人が訪れます。
神社に向かう道沿いにはみやげ店や食事処が並んでいます。神社の参拝や登山にやってきた人々に、地域のおみやげや自家製の食べ物を提供しています。
昔ながらの趣きがあるこの通りはとても静か。特に日が暮れるころは、時が止まってしまったかのような、現実とは思えないような静けさに驚いてしまうでしょう。
自然の美しさが残るロックガーデン
御岳山でもとくに美しいエリアが、約1.5キロの登山道「ロックガーデン」。神社から1時間ほど離れた養沢(ようざわ)川に沿ってできたエリアです。透き通った渓流、周りを囲む森林、美しく苔むした岩の連なりが、この場所の美しさを際立たせています。
綾広の滝
ロックガーデンにある滝のひとつ、綾広の滝。
日本の多くの地域では、滝を神聖なものと捉えらえています。そのため綾広の滝の入口には、鳥居や紙垂(※1)が用意され、神が祀られていることが伺えます。自然の生み出す壮大な美しさを見ていると、畏敬の念が呼び起されるのも不思議とは感じないでしょう。
※1:紙垂(しで)……神道の儀式に使われるジグザグに折った紙が連なったもの。
時間帯によっては、学校の遠足で訪れた子どもたちが滝のそばで遊ぶ様子や、手を合わせて滝修行をしている人の姿も見かけるかもしれません。
登山道は山腹を抜けて……
川沿いを進みます。静かな空気が流れ、気がつかないうちに誰もいなくなってしまいました。
唯一聞こえてくるのは、山の渓流が岩の間を流れるさらさらという音。山の奥深くから力強く湧き出てきたこの水の流れは、海へと長い旅路に出るのです。
ロックガーデンのエリアは保護されており、人の手が入りません。天狗(※2)岩のような自然が造る造形や、苔と葉の茂る木々は、息を飲むほどの綺麗な眺めです。ロックガーデンの隅々まで、壮大な自然の美しさに包まれています。
※2:天狗……山に住むとされる伝説上の生き物。翼をもち、鳥のような外見をしている
神社へ戻る途中に奇妙な形の杉の木を見かけます。これは天狗の腰掛け杉と呼ばれ、神が宿る神聖な木とされています。人に宗教的な思いが生まれるのは、自然の光景が、驚きや問いを抱かせるからかもしれません。ロックガーデンを歩き、そんなことを考えました。
四季折々の美しい山
御岳山の登山道は、4月から初雪のころの12月上旬まで通ることができます。春に訪れると、神社と緑の葉、桜の花が出迎えてくれるでしょう。
夏は山頂の気温が都会より少し低いため、避暑地として最適です。秋は、森の色彩が鮮やかな赤や黄色へと変わります。
この綺麗な花は何だと思いますか?
日本特産のレンゲショウマです。本州の太平洋側の森や御岳山など、湿った山の森に生えています。「森の妖精」とも呼ばれており、涼しく陰の多い山間の森で、8月に花を咲かせます。
毎年7月から9月にかけて御岳山では、「みたけさんレンゲショウマまつり」が催され、観光客や自然愛好家、写真ファンが集まりレンゲショウマを楽しみます。
まつりの間、御岳山駅の周辺は観光客で活気づきますが、ロックガーデンに向かう登山者はわずか。つまり、静けさはずっと守られたままなのです。
東京にある静かな森
ロックガーデンは東京の思いがけない一面に出会える場所です。とても落ち着いた、まるで人の存在が当たり前ではないような、自然の真ん中にあるようです。
2、3時間ここで過ごせば、忙しいだけだと思っていた東京の街も、さらに好きになることでしょう。
2016年よりMATCHA編集者。 能楽をはじめとする日本の舞台芸術に魅せられて2012年に来日。同年から生け花(池坊)と茶道(表千家)を習っています。 勤務時間外は短編小説や劇評を書いていて、作品を総合文学ウェブメディア「文学金魚」でお読みいただけます。