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街の時と歴史を刻む、アートのような東京の美しい時計5選
公共の場所に設置された時計は、生活の時を刻む道具であると同時に、芸術作品でもあると感じています。本記事では、東京で注目してほしい時計を5つ紹介。ぜひ1度、立ち止まって眺め、耳を傾けてみてください。歴史を刻む音が聞こえてくるでしょう。
人が動く、人を動かす時計の役割
東京駅前、KITTE丸の内の時計
時計は世界を動かしている。そう言っても過言ではないでしょう。
ヨーロッパの多くの都市には時計塔があり、1時間ごとに時を告げています。人々がまだ壁掛け時計や腕時計を持っていなかった時代には、労働や祈りの時間を時計塔が教えてくれました。
現代でも、公共の場所に置かれた世界中の時計は、人々の生活のリズムを刻んでいます。時計のおかげで人々は出会い、集い、共通の目的に向かって力を尽くすことが可能になったのです。
東京の時を刻む時計
青山通りを見守る時計
技術の進んでいる国ほど時計も洗練されているように思います。この仮説はまだ実証されていませんが、技術が進んでいる日本には、あてはまるのではないでしょうか。
特に東京は、時計と技術の繋がりを感じさせてくれる場所です。東京駅の入口にある時計、夜間は遠くからも眺められるNTTドコモ代々木ビルの時計、そして青山通りを見守るホロスコープをモチーフにした大時計――。
思わず目を向けてしまう時計が、街中にいくつも設置されています。この時計を眺めていると、日本で暮らす人々の生活を刻み続けた年月にも、思いを馳せてしまうほど。
時計愛好家の筆者は、時計を探すためだけの目的で旅をすることもしばしばあります。この記事では、東京を歩くなら目を止めてほしい5つの美しい時計を紹介。
どれも大都会の象徴であり、日本の歴史と技術を示しています。
1. 和光の時計塔(銀座)
「15 Unusual Things To Do In Ginza」より
銀座「和光」の屋上に設けられた時計塔は、日本の時計が製造された歴史における、記念碑的な建造物でもあります。
和光ビルを所有するのは、日本を代表する時計メーカー「セイコー」です。若き起業家、服部金太郎(1860年~1934年)によって、銀座に近い京橋で設立されました。
この年は明治時代(1868年~1912年)の初期、日本が工業化を進めていた時代です。服部氏は、人々は正確な時計を必要とすると判断し、時計の製造と修理に打ち込みました。そして1881年にセイコーのルーツである服部時計店を設立。精工舎や第2の店舗を銀座に開設後、1894年に社屋に時計塔が設置されました。これが初代の和光の時計塔です。
1923年の関東大震災で、セイコー本社は再建を余儀なくされました。現在の和光時計塔は1932年に作られたもの。今の銀座のシンボルです。
セイコーは時計産業の革新的なリーダーとして事業展開し、世界初のクォーツ壁時計(1968年)、クォーツ腕時計(1969年)、6桁液晶表示のデジタル腕時計(1973年)、そしてGPSソーラーウオッチ「ASTRON」(2012年)を発表。世界中を驚かせたのは業績の一部にすぎません。
セイコーの物語に興味のある方は、和光の近くに設けられたセイコーミュージアム 銀座を訪れてみてください。新旧さまざまな時代の、世界各地の時計が集められています。
2. ユックリズム振り子時計(新宿NSビル)
こちらもセイコーが制作した時計。新宿NSビル内に設置された、都内でも印象的なユックリズム振り子時計です。1982年に制作された世界最大の振り子時計で、高さ29メートル、振り子の長さが22.5メートル、文字盤の直径が7.2メートル。ギネスブックにも登録されています。
振り子は水車の力で30秒ごとに一振りします。ゆったりと動くので、「ゆっくり」と「リズム」を合わせた言葉がその名前となったそうです。
この時計のもう1つの特徴は、文字盤が12分割されて十二支が表示されていること。1つの区画で2時間を表していて(1:00から3:00は「丑」、17:00から19:00は「酉」など)、1日(24時間)で1周する仕組み。日本のもつ伝統と現代の、2つの時間を表しているのです。
新宿NSビルはオフィスビルですが、中にはカフェやレストランも入っています。コーヒーを飲みながら、ゆったりした時計の音が楽しめますよ。ユックリズム振り子時計を見ていると、時の流れも少し遅くなったように感じられるでしょう。
3. 日テレ大時計(汐留)
日本テレビの大時計はジブリの大時計(日テレ大時計)とも呼ばれ、汐留駅の近くにある日本テレビタワーの壁に設置されています。スタジオジブリの宮崎駿監督がデザインし、2007年にお披露目されました。制作には6年かかっているそうです。
ジブリファンならこの時計を見て、映画『ハウルの動く城』(2004年)を思い起こすでしょう。外観はまさに城のようで、2本の脚でどこか新世界へと今にも向かっていきそうです。
近くで観察すると、小さな時計や作業に励む人形、扉や窓、灯籠がデザインされていて、細やかな工夫が凝らされていることがわかります。
平日は1日5回(12:00、13:00、15:00、18:00、20:00)、週末は1日6回(10:00、12:00、13:00、15:00、18:00、20:00)、人形たちが動き出して時を告げます(※1)。
ショーの時間は3分。動きと音、そして光による心温まるひと時です。
※1:新型コロナウイルスの感染症拡大防止のため、2020年は全日15:00と20:00の2回のみ。
ジブリの大時計は市民に親しんでもらえるよう制作されたといわれています。現在も、からくりが動き始めるころには人が集まり、時計が動く楽しさと美しさを堪能しています。
4. からくり櫓(人形町)
日本はロボット工学や先進技術の発展に多大な功績を残してきました。その源は、江戸時代(1603年~1868年)にまで遡ることができます。洗練されたからくり人形や時計など、さまざまな機械を職人たちが制作してきたのです。
人形町駅の近くに設置されたからくり櫓は、愛すべき江戸時代のからくり人形の記念碑。2009年に公開されました。
人形町には、かつて歌舞伎や操り人形芝居が楽しめる小屋が多くあり、人形作りの職人や人形遣いの家もありました。この時計は道行く人々に、その時代のことを思い出させてくれます。
ここでは正時ごとに人形劇が始まります。商人から武士、芸者まで、あらゆる江戸の人々が現れ、物語が繰り広げられるのです。落語家が登場して昔の人形町について語る場面もありますよ。
交差点を挟んだ反対側には、もう1台の時計があります。こちらは江戸の火消しを記念したもの。2つの時計はからくり櫓(機械仕掛けの塔)と呼ばれ、江戸時代のからくり人形が、日本のロボット工学の原点であることを感じさせてくれます。
5. 大名時計(千駄木)
和時計。有力な大名が職人を抱えて作らせていたことから、「大名時計」とも呼ばれている。 (Photo by Pixta)
日本の時計の歴史を語る際には、江戸時代に制作された和時計を外すわけにはいきません。
機械式の時計は16世紀後半に、スペイン人の宣教師たちによって日本に持ち込まれました。職人たちは、長崎や京都で外国人から時計作りの原理を学んだのです。しかし当時の日本では太陰暦が採用されていたため、1日を12分割していた暦に時計を合わせるよう工夫する必要がありました。
さらにいえば、当時は昼と夜を同等に扱い、いずれも6分割されていました。しかし暖かい季節では日が長く、寒い季節では短くなるので、1刻の長さは季節によって調整されていたのです。江戸時代の時計職人たちは、時間だけでなく曜日や月も表示することで、季節ごとの時間を表そうと懸命でした。
日本の伝統的な時計は、自然のリズムや季節昼と夜という1日の流れを、時間に同期させることに成功しました。西洋式の時計は1日を均等に分割したため、自然から離れたことになります。
明治維新(1868年)で西洋の思想を多く取り入れた日本は、グレゴリオ暦と定時法を取り入れました。その結果、和時計作りの伝統が途絶えることとなります。ごく少数の時計職人は自分たちの技術を工学に活かそうと試みました。
中でも発明家の田中久重(1799年~1881年)は有名。電子工学や工業技術で有名な「東芝」の、前身となる事業を立ち上げた人物です。
上の写真は千駄木駅の近く、谷中小学校の前に設置された時計です。普通の時計ではあるものの、その形は櫓に載せられた和時計を思わせるもの。大望を抱いた発明家たちが、機械の時間を自然のそれに同期させ、技術の進歩を促そうとした時代を思い起こさせてくれます。
谷中には「大名時計博物館」があり、古い時計の見事なコレクションが展示されています。ぜひ立ち寄って昔の計時器に接してみてください。
東京の時計を見に出かけよう
渋谷駅構内にあるBright Time時計
時計は「時間」よりも、「空間」へと思索を巡らせるきっかけになります。時計がおかれた地域社会のことを教えてくれる、ある意味で「街の鼓動」を刻んでいるものです。
大都会の時を経験する1つの方法として、街歩きの際には足を止め、時計のリズムを感じてみてください。
筆者が旅行で出会った時計は、こちらのインスタグラムに収めています。日本中、ひいては世界中の時計を網羅したいと計画中です。
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2016年よりMATCHA編集者。 能楽をはじめとする日本の舞台芸術に魅せられて来日。 そして、日本文化について日々学べるすべてが私をここに留まらせています。
2012年からいけばな(池坊)と茶道(表千家)を習っています。 勤務時間外に書いた短編小説や劇評は総合文学ウェブメディア「文学金魚」にてお読みいただけます。