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奈良・吉野杉が育まれる多様な自然環境と文化の歴史
日本三大美林の1つである吉野杉は、多々ある杉の中で、高級のブランド材の一つとして有名です。その吉野杉の林業は、多様な自然と宗教と文化が混ざり合う奈良・吉野山で、伐採と植林を繰り返しながら、森の環境と深い関わりを保ちながら現代まで受け継がれています。
吉野杉が育まれる吉野山
吉野杉は日本の古都奈良の南東部に位置する吉野山地に自生する杉の一種で、樹齢500年を超えるものもあると言われています。吉野山地は標高1000メートル以上の山々が連なり、周辺にはシラカンバ、アカマツ、ブナ、シイ、ミズナラ、クリ、ヒノキ、サクラなどの木々が自生し、それらが混ざり合い、美しい森林を形成しています。
吉野山地周辺には、多くの清流や滝があります。このため、吉野杉は水が豊富な環境で生育することができます。春には桜が咲き、夏には深緑の森が広がり、秋には紅葉が美しく、冬には雪景色が楽しめます。
これらの自然環境が、吉野杉の育成に適した環境を提供し、吉野杉の品質向上につながっています。また、吉野山地周辺の豊かな自然環境は、多くの観光客にも愛される場所となっています。
吉野桜と山岳信仰
特に3万本あると言われる吉野の桜は日本の桜の中でも有名で毎年春になると吉野山地を鮮やかに彩ります。吉野桜は日本の桜のなかでも開花が早く、例年3月下旬から4月上旬にかけて咲き始めます。また、開花時期が比較的長く、約2週間ほど楽しむことができます。吉野桜の80%が白山桜で、花弁が薄くピンク色が濃く、花弁が大きく、1本の木に密に咲くため見事な花の絨毯を作ります。花の色が一本一本異なり多様性がるのも特徴です。
吉野の桜の起源は約1300年前に遡ります。古代の日本では山や川、森などに神々が宿るとされ、それを信仰する風習がありました。吉野山もその例外ではありませんでした。のちに修験道の祖とされる役小角(役行者)は大峯山に深く分け入り、桜の木に蔵王権化の尊像を刻み、これを大峰山と吉野山に祀ったと言われています。
その後、役行者の伝説と修験道が盛行するにつれ、尊像を刻んだ桜の木こそ御神木にふさわしいとされ、崇められ祈りを込めて植えられてきたそうです。吉野の山岳信仰は、自然と人間の共存を信じる、古代日本の風習の一つであり、現在でも多くの人々に愛されています。
吉野杉の特徴
吉野杉は、緻密な木目と淡い赤褐色の色合いが特徴です。
1. 1年ごとに生長する年輪が約0.1mm~3mmと一定幅を保っており、この綿密さと無節、均一な色合いを持つため、建築材料や家具などに用いられます。
2. 吉野杉は、カビの生育抑制、ダニの発生抑制、大腸菌の増殖抑制とどれも私たちの健康を守る上で重要な効果があると実証されています。また、吉野杉には防腐成分が含まれているため、腐朽しにくく、長期間使用することができます。
3. 吉野杉は、比較的軽く、加工がしやすいため、建築材や家具、工芸品などに広く用いられます。また、割れやすいという欠点もありますが、高い技術を持つ職人によって緻密な加工が可能です。そのため、日本の伝統的な建築物や神社仏閣、茶室などの内装に広く使用されてきました。現在でも、高級住宅や旅館、レストランなどの内装材料として人気があります。
4. さらに、吉野杉は、音響材料としても優れています。日本の伝統楽器である「琴」や「筝」の製造に使用されることが多く、素材の特性を生かした美しい音色が奏でられます。
これらの特徴から、吉野杉は日本の伝統建築や家具などに広く用いられ、高い評価を受けています。
吉野杉林業の発展
吉野杉の林業が産業として発展したのは、吉野地方の自然環境や政治的な影響など様々な背景があります。吉野地方は奈良県と和歌山県にまたがる地域で、日本列島の中央部に位置しています。この地域は、太平洋側と日本海側の気候が融合するため、豊かな降雨量や穏やかな気候が特徴です。この気候条件に加えて、吉野山地は急峻な山々に覆われ、標高差が大きいため、多様な生物相が生息し、植生の多様性が高く、木材の生産に適した環境でした。
また、吉野地方は古代から日本の政治・文化の中心地として栄え、奈良時代には日本の首都が置かれたこともありました。このため、吉野地方では高度な文化が育まれ、伝統的な木工技術も発展しました。また、吉野杉は日本の伝統建築や文化において重要な役割を担ってきたため、需要が高まり、吉野杉の産業が栄えたと言えます。特に江戸時代に成立した建築様式・数寄屋造には吉野杉が多く使われており、茶道や華道などの文化と深く関わりがあるとされています。慶長年間(1596年~1615年)には後水尾天皇が桂離宮造営にあたり、吉野杉、吉野桧をご用命されたと伝えられています。
また、同じく江戸時代中期には、灘や伊丹などにおける酒造りで使われる酒樽の側板を供給するために、樽丸の材料として木目が細かく、まっすぐで香りと色が良い吉野杉に樽屋が目を付けて生産が始まったとされています。
日本最古の造林地 川上村
吉野地方には日本最古の造林地である川上村があります。吉野川が流れ、雨が多く水源豊かな環境を持つその土地で、奈良時代から続く山林の管理制度である山守制度は、今も継承されています。
この制度は、吉野の神社仏閣や地域住民の生計に不可欠な木材を確保するために、吉野山地の山林を守るために作られました。吉野の山守は、山林を管理するための専門家であり、山林の所有者や使用者、地域住民と密接に協力して、木材の生産や伐採、植林、水源の保全などを行っています。
現代の木材需要の変化により、吉野林業は大量生産から品質重視へと転換している今、山守は持続可能な吉野杉の生産を心がけ、さらにそのための自然環境への配慮も怠りません。川上村・吉野林業の山守さんのひとり福本雅文さんの取り組みについては別記事「工芸の匠達の山。伝統構法の建築士とともに巡る、山守、大工、木工の匠との出会い。500年を旅する木の物語。」でも紹介していますので、そちらもぜひご覧ください。
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