北方文化博物館:秋2

【新潟】200年以上前の暮らしと歴史を感じることができる館、北方文化博物館

新潟駅から少し離れた場所にある北方文化博物館は、江戸時代に豪農として栄えた一族の館を利用してつくられたもの。細部までこだわって建てられた日本建築と中庭の美しい景色を楽しむことができます。新潟の歴史に触れたい方にオススメのスポットです。

北方文化博物館とは?

【新潟】江戸時代の生活が垣間見れる館、北方文化博物館

日本有数の米の産地として知られる新潟県に、今から200年以上昔の江戸時代中期、農民から大地主となった伊藤家という一族がいました。

北方文化博物館は、伊藤家の邸宅として使用されていた建物を保存し、当時の生活文化を今に伝える目的でつくられた博物館です。ここでは、200年以上も続いてきた大地主の暮らしぶりを窺い知ることができます。

館内では日本建築や美しい庭園を堪能できます

【新潟】江戸時代の生活が垣間見れる館、北方文化博物館

北方文化博物館は、邸宅を中心に、日本式の美しい庭園や米蔵、古民家などを見ることができます。

邸宅の1Fには、四季折々の景色が堪能できる大広間や台所、茶の間など当時の生活を直に感じられる空間が残されています。

美しい庭園を眺められる大広間

北方文化博物館:夏

写真提供:一般財団法人 北方文化博物館

北方文化博物館:秋

写真提供:一般財団法人 北方文化博物館

北方文化博物館:冬

写真提供:一般財団法人 北方文化博物館

美しい庭園を一望できる贅沢な座敷です。冠婚葬祭など、特別な行事の際にのみ使用された特別な場所だったと言われています。

座敷からは、夏には新緑、秋には紅葉、冬には雪景色と、それぞれの季節の庭園の美しさをゆっくりと味わうことができます。四季折々の風景を堪能できるこの座敷にいると、時間が経つことを忘れてしまうことでしょう。

60人分の食事を用意した台所

北方文化博物館:台所

写真提供:一般財団法人 北方文化博物館

全盛期の伊藤家では多いときで60人もの人々が働いていたそうです。台所にある大きなかまどでは、1俵(60kg)の米を毎朝炊いていたと言います。当時は、庭師や大工、女中(※)などが住み込みで生活していました。

※:女中……住み込みで家事手伝い等を行う女性のこと。伊藤家には近隣の良家の娘が花嫁修行の一環として働いていたそうです。

客人をもてなす広々とした茶の間

【新潟】200年以上前の生活が垣間見れる館、北方文化博物館

写真提供:一般財団法人 北方文化博物館

当主が来客を迎えるときに使用した茶の間。戸を開けると27畳もの広さになります。ほかにも、敷地内には正三角形の小亭、三楽亭など計5室の茶室があります。

2階には展示品がズラリ

【新潟】江戸時代の生活が垣間見れる館、北方文化博物館

伊藤家の家系図や、当時使用された米や土地を管理する帳簿などが展示されています。このほか、地域から出土した縄文時代の土器の展示も。

最大級と言われる藤棚も!

【新潟】江戸時代の生活が垣間見れる館、北方文化博物館

写真提供:一般財団法人 北方文化博物館

入り口から左手に出ると、立派な藤の木があります。屋敷の中で、ここまで規模の大きい藤棚は日本でも珍しいそう。4月下旬から5月上旬の藤の咲く時期には、ライトアップも行われます。

藤棚の先には、かつての味噌蔵を利用した食堂や移築された古民家などが。米を収穫する道具や雪の上を歩く「かんじき」の展示もあり、当時の農民の暮らしを知ることもできます。

日本文化体験もできます

北方文化博物館では、日本文化を体験できるプログラムも開催しています。

餅つきプログラム

杵と臼を使った日本の伝統的な餅つきを体験できる、事前予約制のプログラムです。日本の祭りの時に着用する法被(はっぴ)を着て、餅をつくことができます。できたての餅を食べてみたい方にオススメ。市販されている餅とは、味わいが違うことに驚くはずです。10名以上の団体のみ対象。参加費用は、800円(税込)×人数分となります。

浴衣着用プログラム

浴衣を着て、館内を回ることもできます。こちらは当日でも申込可能です。料金は1人700円(税込)です。

どちらも予約が必要となります。お電話にてお申し込みください。Tel:025-385-2001

北方文化博物館への行き方と入館料

行き方

バスで行く場合は、新潟駅前の万代口バスターミナルから沢海経由新津行きに乗り、45分ほどで着く上沢海博物館前(かみそうみはくぶつかんまえ)で下車。徒歩2分で着きます。タクシーの場合は、新潟駅から20分ほどの新津駅まで電車で行き、新津駅からタクシーで10分で到着します。

入館料

大人:800円
小学生・中学生:400円(小学生・中学生は日曜日・祝日は入館無料)

コラム:知る人ぞ知る、北方文化博物館が生まれたきっかけ

【新潟】江戸時代の生活が垣間見れる館、北方文化博物館

1945年、第二次世界大戦終了後、日本を占領したGHQは伊藤家の邸宅を取り壊して集合住宅を建てようと計画し、アメリカ軍人のライト中尉に調べさせました。ところが、伊藤家を見たライト中尉は、この建物は文化的価値があると考え、伊藤家7代目当主・伊藤文吉と相談。マッカーサー元帥の許可を得て、私立博物館としてオープンさせたのだといいます。

一方、「北方文化博物館」という名前は、世界的に有名なスウエーデンの民族博物館「スカンセン野外博物館」の一郭にある、「ノルデスカ・ムジー」に由来しています。「ノルデスカ・ムジー」とは、直訳すると北方博物館の意味があり、当時の生活を実感できる展示方法をとっている博物館です。北方文化博物館も、ノルデスカ・ムジーのようにわかりやすく親しまれる博物館でありたいといった想いを込めてこの名を付けたのだそう。

200年以上もの歴史を持つ北方文化博物館。数多くの人が暮らし、働き、歴史をつくってきた場所です。江戸時代、明治、昭和時代に想いを馳せ、ゆっくりと過ごしてみてはいかがでしょうか。

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執筆者&翻訳者

新潟生まれ。日本文化と古い建物が好きな社会人。日本を、地方を好きになってもらえるような記事を綴っていきたいです。
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