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乱世でも"人"であり続けるために。武士たちが愛した「能楽」入門
能とは、6世紀以上もの歴史を誇る、きわめて典雅で格調高い日本の伝統芸能のひとつです。この芸術の特色と、東京で能を鑑賞できるところをご紹介します!
600年もの歴史を誇る日本の伝統芸能
能『隅田川』© Yoshihiro Maejima
「能」あるいは「能楽」は日本の古典芸能です。およそ650年前には成立していたとされます。能にはいまでもたくさんの愛好家がいます。
本記事では日本の大切な伝統芸能・能の特徴をご紹介します。日本では能の公演もぜひ楽しんでいただきたいと思います!
能の特徴
能『葵上』© Yoshihiro Maejima
能の大きな特徴のひとつが「能面」です。日本の伝統芸能では面がよく用いられます。神社や寺の儀式では、禰宜や僧が面をかぶり、神々や鬼またはほかの神聖な生き物に扮することがあります。
能では役柄に合わせた面(おもて)があります。主人公の役柄は、神々や伝説上の女性、英雄、物の怪のほか、超自然的な生き物など多岐にわたります。
能は舞(まい)を中心に構成される芸能です。主人公を演ずる役者(シテ)は「型」を使った舞を舞います。型とは何世代にもわたって師匠から弟子へと受け継がれた動作のことです。
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能『葛城』© Yoshihiro Maejima
今日、能の演目はおよそ250本に及びます。江戸時代にはもっとたくさんの演目があったようですが、人気のあった演目だけが現在に残りました。明治維新(1868年)以降につくられた新しい能作品は、新作能と呼ばれています。
古典的な能の演目のほとんどは室町時代(1336〜1573年)に、伝説や物語をもとに作られました。武士階級が権威を握っていた室町時代、能は武士たちの支持を得たことで発展していきました。
このため能には武士階級の理想や夢が反映されています。能の根底にあるのは、武士が大切にした剛勇・清廉・忠義・威厳・優美といった価値観です。
能の演目がもっとも多くつくられたのが武士による戦乱が続いた戦国時代と重なるのも、偶然ではありません。
戦国時代、能のほかにも茶の湯や生け花といった芸術性の高い文化が武士たちの間で広まりました。武士たちが置かれていた社会的・政治的混沌のなかで、自分の心と折り合いをつけるための、人間性を守る手段だったといえるでしょう。
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能楽の略歴
1. 舞台芸術としての能の起こり
能『葵上』© Yoshihiro Maejima
能の原型は、12世紀から13世紀にかけて社寺の神事や祭りで奉納された民間舞踊と舞にあります。14世紀頃には京都や奈良の大きな社寺の祭りには、劇の一種・猿楽を演じる役者の団体が招聘されていました。猿楽も能の原型のひとつです。
そんななか時の将軍、足利義満(1358〜1408年)が、猿楽芸能の一座・観世座(かんぜざ)の役者の芸を気に入ります。武士階級による能の庇護はそこからはじまりました。両者の関係は江戸時代末期、武家社会の終焉まで続くことになります。
14世紀後期に観世流の大夫・世阿弥(1363〜1443年)が能役者として、また演目の作者、芸道論者として活躍します。世阿弥は膨大な数の能を創作しました。詩的で素晴らしい作品のため、そのほとんどが現在まで伝わり、今日でもよく上演されています。
世阿弥は後世への伝書としていくつかの能の理論書を書き残しました。彼の理論はのちの世における能のスタイルを形作りました。
2. 江戸時代における能(1603年- 1868年)
1世紀半にわたる戦国時代を経て、江戸時代に徳川幕府が天下を統一し、世の中に平穏がもたらされました。このころが能の隆盛期。能は、幕府の式楽(公式行事で演じられるもの)となったのです。
専門の役者だけでなく武家の出の愛好家による演技も盛んでした。何百もの新しい能がつくられたほか、現在に通じる能のスタイルも確立されました。
3. 現代における能
明治時代初期、武家階級が解体され日本の近代化が始まりました。武士という後援者をなくした能にとっては危機の時代。能の芸は幸いには受け継がれたものの、膨大な数の演目や伝統が失われました。
危機的状況にあった能が復興をとげた要因はさまざまですが、ひとつには第二次世界大戦後、世阿弥の伝書が海外で評価されたことがあるとされます。
世阿弥の能芸論にある高い芸術性は全世界に広まり、能にまつわる文化に新しい風を吹き込みました。能を愛する人々は日本国内外に存在し、役者や愛好家が稽古を重ねています。
現在における能の上演
能の舞台は木造で、4つの柱の上に屋根がついた、少し特殊な構造をしています。このような舞台を有する施設を能楽堂といいます。能楽堂のほかに、多くの神社の境内にも能舞台があります。
東京では、千駄ヶ谷にある「国立能楽堂」や銀座にある「観世能楽堂」、水道橋の「宝生能楽堂」など、さまざまな場所で能を観ることができます。
ただし、一部の演目で英語字幕を読むことができる国立能楽堂をのぞき、英語によるプログラムや解説のある能公演は極めて珍しいといえます。
能『羽衣』© Yoshihiro Maejima
字幕つきで行われている近年の能公演のひとつが「A FLOWER ひとつのはな」。日本を訪れる海外の観光客に能の魅力を広めようという独自のプロジェクトです。来場客は英語・フランス語・中国語から選べる字幕ガイドによるあらすじを頼りに物語を追うことができました。
下の動画では、「A FLOWER」の予告編が観られます。
皆さんもぜひ能を楽しんください!
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Main image courtesy of The Global Nohgaku Company © Yoshihiro Maejima
In cooperation with The Global Nohgaku Company
2016年よりMATCHA編集者。 能楽をはじめとする日本の舞台芸術に魅せられて2012年に来日。同年から生け花(池坊)と茶道(表千家)を習っています。 勤務時間外は短編小説や劇評を書いていて、作品を総合文学ウェブメディア「文学金魚」でお読みいただけます。