極上食材×料理×お酒!究極のペアリングに出会う福島の旅
生産者の顔が見える食材と、確かな腕の料理人。そこにおいしいお酒が加わったとき、極上のマリアージュ="テロワージュ"が生まれます。今回は、数多くの食通をうならせてきた福島・猪苗代の料理人に密着。最高のペアリングを探す旅に出かけましょう。
テロワージュ=福島の美食とお酒のペアリング
山、川、里、海……豊かな自然に囲まれた東北の福島県。ここ福島で、注目を集めているプロジェクトがあります。
それが、「テロワージュふくしま」。「テロワージュ(Terroage)」とは、フランス語の「Terroir(気候風土と人の営み)」と「Marriage(食とお酒のペアリング)」を掛け合わせた造語。福島の自然が育む、新鮮な食材から作られる創作料理と、日本酒に代表される福島のお酒とのペアリングを紹介していくという試みです。
素晴らしい料理は、確かな生産者による食材、それを調理するシェフによって生まれます。今回は、極上の"テロワージュ"を探す旅に出かけました。
山の中の凄腕料理人
やってきたのは、福島県のほぼ中央に位置する、猪苗代(いなわしろ)町。
安達太良山(あだたらやま)、磐梯山(ばんだいさん)、西吾妻山(にしあづまやま)という3つの山に囲まれた静かな宿「沼尻高原ロッジ」で、凄腕の料理人が腕をふるっているといいます。
彼の名前は、黒澤俊光(くろさわ としみつ)。
専門は和食ですが、そのカテゴリーにとどまらない独創的な料理とユニークな発想が、食べる者を虜にしています。
2019年に沼尻高原ロッジの料理長に就任。料理のほとんどに福島県産の食材を使用し、とことん地産地消にこだわった料理を宿泊者に提供しています。
いつも直接、生産者のもとへ出向いて食材を仕入れるという黒澤さん。どのように食材を選び、料理を作っているのでしょうか。彼の1日に密着しました。
厳しい自然で最高の米を作る「つちや農園」
猪苗代町のシンボル・猪苗代(いなわしろ)湖。日本でも4番目に広い湖で、コバルトブルーに輝く湖面の美しさが、訪れる者を魅了します。
つちや農園の田んぼと、磐梯山
黒澤さんがこの日訪れたのは、猪苗代湖から車で10分ほどの場所にある田園。背後に福島を代表する山・磐梯山がそびえるこの場所で、最高においしい米が作られているといいます。
とにかく美しい米
「日本人の主食である米は、その土地を代表する一番重要なもの。ご飯をいかにおいしく食べるかは、僕のテーマでもあります」。そう語る黒澤さんが、「ここの米は日本トップクラス」と惚れ込むのが、江戸時代から続く米農家「つちや農園」。
現在沼尻高原ロッジで使っている米は、すべてつちや農園のもの。黒澤さんは、はじめてつちや農園の米と出会ったときの衝撃をこう語ります。
「本当に驚きました。とにかく米が美しかった」
たとえば写真のように米を手にとると、多くの米の場合、割れている粒が10粒はあるといいます。「でも、1粒も割れていないんです」
割れていないことが、どう料理に影響するのでしょうか? 「粒がそろっていると、火の通りが格段によくなります。割れているとその部分からでんぷんが出てしまい、炊き上がりがべちゃべちゃと水っぽくなる」
厳しい気候こそ、最大の武器になる
つちや農園・土屋さん。弟と2人で農園を営んでいる
つちや農園の9代目・土屋睦彦(つちや のぶひこ)さんは、「猪苗代の気候が、最大の武器です」と話します。
このあたりは冬になると1メートルの雪が積もり、吹雪が吹き荒れるそう。「厳しい環境が稲にストレスをかけ、米を甘くおいしく育てる」と土屋さんは言います。
田んぼの周囲には、近くの湖からの清流が流れる
また、猪苗代は朝晩の寒暖差が10℃もあります。「稲穂は、暖かい日中にでんぷんを作ります。夜になって冷え込むと、そのでんぷんを使わずに中に溜め込む。でんぷんが残ることで、炊いたときに甘みと粘り気が出るんです」(土屋さん)
料理によって米を使い分ける
そんなつちや農園では、現在7種類の米を作っています。黒澤さんは料理によって米の品種を使い分け、その料理がもっとも引き立つ米を選びだします。
「寿司に使うご飯に"亀の尾"という品種を試してみたら爆発的にうまかった。酢の絡み、シャリ離れ(※1)がすばらしい。"天のつぶ"という米は、丼で使うとすこぶるおいしく、香りもいい。つちや農園のお米を食べると『ごはんって、こんなにおいしいんだ!』と思いますね」
※1:「シャリ」とは、ご飯のこと。「シャリ離れがいい」とは、寿司を手で握ったときにご飯が手にくっつかないことを言う。
安心でおいしく、物語がある食材を
つちや農園では稲を刈った後、稲を天日干しにする。現在ほとんど行われない、日本の伝統的なやり方という Picture courtesy of つちや農園
黒澤さんは言います。「食材を選ぶ上で、僕が大事にしている3ヶ条があります。1つ目はまず、安心。2つ目はおいしさ。そして3つ目に、物語がなければならない。つちや農園は、江戸時代から続く歴史の中で、伝統を守りながら独自のおいしさを追求している。3つすべてがそろっているんです」
つちや農園では必ず出荷前に放射線の検査を行なっており、安全面は問題ありません。おいしさも保証つき。そしておいしさの背景には、脈々と続く作り手の情熱があります。
土屋さん(左)と、黒澤さん
物静かな土屋さんは、黒澤さんの話を聞いてぼそりとつぶやきました。「まぁ、うちは現状に満足しないですから。絶対」
雄大な磐梯山のもとで育まれた米。それを携えて、黒澤さんはロッジへと戻ります。「もうメニューは決まりました」。いったい何が生まれるのでしょうか?
料理にかける、黒澤さんの情熱
ロッジに着くや、黒澤さんはさっそく仕込みをはじめました。料理人のオーラがみなぎります。
黒澤さんは、20歳を過ぎてから料理の世界に入りました。当初はホテルマンを目指し、料理にはそこまで関心がなかったそう。転機となったのが、当時働いていた料理店の板前が作った羊羹でした。丁寧に作られた仕上がりの美しさに、大きな感銘を受けたという黒澤さん。
「プロの技術はすごい」。それ以来彼は料理の面白さに目覚め、のめり込むように。毎日休み時間に、板前に教えを乞いました。「魚のおろし方、天ぷらの衣のつけ方、ご飯の炊き方、すべてを1から教わりました」
やるからにはとことん極める性格の持ち主。寿司の専門店で修行したり、地域の名人にそば打ちを習うなど、貪欲に学び続けました。地元・福島にとどまらず、修行した店は日本全国、20店に上るといいます。
おいしい食材があると聞けば生産者のもとを直接訪ね、味わい、交渉する。妥協を許さない姿勢が、料理の味を確かなものにしてきました。
「さあ、どうぞ!」。料理が、出来たようです。
極上料理と、お酒のペアリング
こちらが、本日の献立。宿泊者限定のコース料理で、日本の懐石料理のスタイルをとっています。
「農家さんのところに伺って、食材を仕入れてから決めることが多いですね」という黒澤さん。メニューは毎日少しずつ変えているそうです。
沼尻高原ロッジで提供されるお酒(一部)
今回は、オリジナルの懐石料理に合うお酒を黒澤さんがセレクト。3つのペアリングをご紹介します。
福島は日本酒の酒どころとして有名で、「全国新酒鑑評会」で7年連続で全国最多の金賞を受賞しています。沼尻高原ロッジで飲めるのは、距離的に近い猪苗代町や磐梯町、二本松市といった場所で作られた日本酒やワイン、地ビールなど。福島のお酒の豊かさがわかるラインナップです。
1.甘酸っぱいテリーヌに、小麦香る地ビールを
まず出てきたのが、一汁二菜(汁物1つに、主菜と副菜をそれぞれ1つ)。
つちや農園の"ひとめぼれ"という品種の米をシンプルに炊き上げたご飯に、テリーヌ(写真中央)と、白味噌で仕立てた"ひろうす"(※2:写真右)が並びます。
※2:ひろうす……がんもどきのこと。がんもどきとは、豆腐をつぶし、細かく切った野菜などと混ぜて揚げた料理。
テリーヌは、福島南部の白河産オーガニック野菜に、人参のソースをかけたもの。これにビールが合うと黒澤さんは言います。「テリーヌは少し甘酸っぱい味付けにしています。そこにハードなビールを合わせてみてください」
合わせるのは、二本松市の農家が作る地ビール「ななくさビーヤ」。飲んでみると酸味のあとに力強い麦の香りが広がり、料理の甘酸っぱさとよく合います。
2.オーガニック野菜には、さわやかな日本酒を
オーガニック野菜をちりばめた八寸(前菜)には、磐梯町の日本酒「榮川(えいせん)」を合わせて。
「榮川は、香りがさわやか。淡麗でキレがいい」(黒澤さん)。そんな料理を邪魔しない飲み心地が、福島県産の繊細な野菜をより引き立ててくれます。
黒澤さんの料理の特徴は、シンプルながらも、重層的な味わいにあります。
写真中央にある自家製の生ハムをいただくと、ねっとりとした生ハムのあとに、シャキシャキとした新鮮なルッコラの食感と、さわやかな香りが吹き抜けます。余計な味付けはありません。食材そのものが持つ味の深みが引き出され、そこに多彩な食感が加わり、食す者は「食べる喜び」に浸ります。
3.漢方香るぼたん肉には、フレッシュなワインを
メイン料理は、ぼたん肉(猪肉)を6種類の漢方と一緒に炊き上げた品。ぼたん肉は芳醇な漢方の香りをまとい、うまみがつまっています。
合わせる「一慶(いっけい)」は、隣町・二本松市で作られるワイン。山ぶどうで作られた力強い香りとしっかりとした酸味が特徴です。密度の濃いぼたん肉のあとにワインをいただけば、フレッシュな後味に。
つちや農園の米は……
さて、つちや農園のお米は「棒ずし」と「笹ずし」に生まれ変わりました。
左の棒ずしは、福島県白河市にある「旬彩ファーム」のビーツを酢漬けにしたものを使っています。独自の配合でつくったすし酢とあわせれば、まろやかな甘さに。
笹ずしの葉を開けると、笹の甘い香りが広がりました。「ここ会津エリアでは民謡にも唄われるほど、笹がよく取れるんです」(黒澤さん)
魚は、ニシンを山椒漬けにしています。一口食べると、中に入った自家製のふき味噌(※3)がほろ苦く、山の息吹を感じさせます。ふきのとうは、黒澤さんが自ら山で摘んできたもの。
噛むほどに柔らかいひとめぼれがほぐれ、ブレンドされた赤米のプチプチとした食感が面白い。ニシン、笹にふきのとう、そして米……海と山、大地が、この小さな一貫の寿司にとじ込められています。まさに福島のおいしさが凝縮された珠玉の一品。
※3:ふき味噌……ふきのとうは日本原産の山菜で、独特の香りと苦味が特徴。ふき味噌は細かく刻んだふきのとうに、味噌を合わせたもの。
五感をゆさぶる料理
取材当日、筆者に出してくれたお昼ごはん。おにぎりはつちや農園の米
人は何かを食べるとき、「これはこういう味かな」と想像しながら食べるでしょう。しかし黒澤さんの料理は、その予想すべてが裏切られます。味わいも、食感も。
福島県西郷村(にしごうむら)産のメープルサーモンを使った蒸し料理ではスモークを使い、味に変化をつける
「目と鼻と口、五感を使って人の心をゆさぶりたい」と語る黒澤さん。サプライズに満ちたその料理は、これまで蓄積された確かな技術と、豊かな知識に裏付けられたもの。
「ここでしか食べられない料理を作る、それが大事。福島のおいしさ、すべてが凝縮しているのが沼尻高原ロッジです」。黒澤さんの自信に満ちた言葉通り、それはここに来なければ食べられない、福島の自然の恵みから生まれた料理でした。
沼尻高原ロッジ
黒澤さんが料理長を務める沼尻高原ロッジは、2019年にオープン。世界的な登山家、故・田部井淳子(たべい じゅんこ)氏が所有していた山荘を改装した宿です。料理のほかに、源泉掛け流しの温泉も人気。
宿泊料金は、1〜3月が1泊17,000円〜、4月〜12月は18,000円〜(ともに税別)。黒澤さんが手がける夕食・朝食付きです(食事は宿泊者のみ)。
福島で"テロワージュ"が楽しめる3店
最後に、沼尻高原ロッジ以外でも、福島の食とお酒の"テロワージュ"が楽しめるお店を、エリア別(※4)にご紹介しましょう。
※4:福島県は沿岸部の「浜通りエリア」、中央部の「中通りエリア」、さらに内陸部の「会津エリア」に大きく分かれます。
中通りエリア:多彩な日本酒が楽しめる「はりまや」(福島)
Picture courtesy of テロワージュふくしま
JR「福島駅」から徒歩5分の好立地にある居酒屋「はりまや」は、福島の日本酒と和食が楽しめる居酒屋。日本酒に詳しい店主がセレクトした地酒に、新鮮な福島の海産物など、丁寧に作られた料理が並びます。
会津エリア:いろりのある旅館「芦名」(東山温泉)
Picture courtesy of 芦名
会津若松の温泉街・東山温泉にある「いろりの宿 芦名(あしな)」は、名前の通り、いろりのある旅館。天然の川魚やジビエ・地鶏料理など厳選食材を使った料理が、いろりを囲む伝統的なスタイルで楽しめます(食事のみの利用も可)。
浜通りエリア:地元食材のフレンチ「Hagi」(いわき)
Picture courtesy of テロワージュふくしま
テロワージュは、和食だけではありません。いわきにある「Hagi」は、福島の食材にこだわったレストラン。フレンチのエッセンスを取り入れた独創的な料理に、福島産のワインや日本酒を合わせて優雅なひとときが過ごせます(完全予約制)。
福島で、"テロワージュ"に出会おう
取材の終わりに、黒澤さんは言いました。「まだまだ発展途上。もっと勉強しなければいけません。ただ黙々と、当たり前の仕事をやり続けます」
プロフェッショナルな生産者と料理人。1つ1つを積み重ねた彼らの丁寧な仕事から、極上の"テロワージュ"が生まれます。ぜひ福島へ来て、最高の食とお酒の出会いを見つけてください。
「テロワージュふくしま」公式HP:https://terroage-fukushima.com/
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Written by Kousuke DEKI
Photos by Eri Miura
In cooperation with 沼尻高原ロッジ、テロワージュふくしま
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