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人生観を変えてくれた、思い出の観光地【熊野古道】
筆者はかつて、国内旅行にはほとんど興味がありませんでした。そんな筆者を変えてくれたのが、2010年5月に旅した熊野古道です。熊野本宮大社から出ている巡礼路を歩く中で気付いたことが、その後、筆者が旅関係の仕事に携わる原点となりました。
熊野古道で国内旅行の魅力を再発見
熊野川。撮影は2016年の再訪時
筆者はかつて、国内旅行にほとんど興味を持っていませんでした。
学生時代の終わりに参加したスタディツアーでフィリピンの貧民街やインドを訪れ、日本と全く異なる世界があることに衝撃を受けた筆者は、「海外旅行に比べて、国内旅行は刺激が少ない」と感じていたのです。
でも、そんな筆者の考えを変えてくれたのが、就職して初めてのゴールデンウィーク(5月初め)に旅した、和歌山県の熊野古道です。
2010年の大阪の様子
大学院の修士課程を終えた筆者は、2010年4月に大阪の会社で働き始めました。
リーマン・ショックの余波が漂う中、必死の就職活動のすえ、ようやく決まった仕事先。しかし職場ではうまく行かず、上司からは毎日のように怒られていました。
しかも、筆者の生まれ育ちは関東。大阪には悩みを聴いてくれる友人もおらず、孤独な日々が続いていたのです。
どこか、ここではない場所でリフレッシュしたい。
あまりお金がかからず、1泊で気分転換できる場所はないかと考えて思いついたのが、熊野古道でした。
熊野古道は、伊勢神宮や高野山をつなぐ巡礼路として、古代より多くの人が訪れた名所です。しかし、当時の筆者はそんな歴史的背景を何も知りませんでした。
1日目:特急「くろしお」で熊野古道へ
「くろしお」沿線の風景の参考に
熊野古道へは、複数のアクセス方法があります。この時は大阪から直通で行けるJR新宮駅へ向かい、熊野古道を目指しました。
JR新大阪駅からJR新宮駅へは、特急「くろしお」で約4時間30分。途中、白浜や紀伊勝浦といった絶景スポットを通ります。
暖かな日差しの中、キラキラ輝く海を見ているうちに「自分は、大阪のビル街から、遠く離れた場所に来たんだ」という実感が少しずつ湧いてきました。
熊野本宮大社から山道を歩く
熊野古道のエリアには、熊野三山と呼ばれる3つの有名な神社(熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社)があります。この日はまず、熊野本宮大社へ。
紀元前33年に創建されたと言われる熊野本宮大社は、美しい山に囲まれています。
参拝を終え、休憩していると、風が気持ちよく吹き抜けていきます。陽光にきらめく木々を眺めているうちに、近くの山道を歩きたくなりました。
石段を上っていくごとに、息が荒くなり、汗が吹き出してきます。運動不足だった筆者にとって、山歩きは身体に堪えました。
しかし、しばらく歩いているうちに、ふと気づきました。「あ、自分は今、足元ばかり見て歩いている」と。
山道を歩いていると、視線が下に向かいがちです。疲れている時は、なおさら。
1回立ち止まって深呼吸し、山道の先を見渡してみました。呼吸が落ち着いてくるにつれ、空の美しさ、木々の力強さ、風の気持ちよさが身にしみて感じられます。
「今の大変さばかり意識するのではなく、顔を上げて前を向けば、その先に美しい景色が広がっているのかもしれない」。ふと、そんな思いがしました。
熊野本宮大社は、中辺路(なかへち)、小辺路(こへち)、大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)という3つの参詣道の結節点です。そう、この時に歩いた山道こそ、まさに熊野古道の一部だったのでした。
熊野古道は、仏教の浄土宗信仰が盛んになった平安時代(794〜1185)、「浄土への入り口」として、多くの貴族がお参りしたといいます。
浄土とは、仏教で“仏の住むけがれのない国”のこと。浄土へお参りし帰ってくるということは、参拝前の自分から生まれ変わる意味もこめられています。
そんな歴史を持つ霊場・熊野古道が、今までの自分になかったものの見方を与えてくれたのかもしれません。
静かに自分と向き合う時間
新宮駅近くを流れる熊野川の夕暮れ
夕方、駅前のお好み焼き屋で食事した後、「さて、どうしようか」と思案しました。熊野古道へ行くことを決めたのは、前日の夜。近くのホテルはすべて満室だったのです。
結局、深夜営業のバーに行ったり、近くの公園に立ち寄ったりしながら、夜を明かしました。疲れてはいましたが、不思議と嫌な気はしませんでした。
1人で静かに自分と向き合う時間を持つこと。それは、長い間忘れていたことでした。
夜明けが来るタイミングで、JR新宮駅の近くを流れる熊野川のほとりへ。だんだん明るくなる空を、生まれ変わったような気持ちで見つめました。
2日目:観光の楽しさがよみがえってきた熊野那智大社
翌朝、熊野那智大社へ向かいました。
那智大社にある那智の滝は、高さ133メートルで、日光の華厳の滝、茨城県の袋田の滝と並ぶ日本三大瀑布の1つ。この隣にある那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)の赤い三重塔とともに、写真スポットとして有名です。
境内は、家族連れやカップル、友人グループなど、さまざまな観光客で賑わっていました。
それぞれ写真を撮ったり、グルメを味わったりと、思い思いに楽しんでいます。ゴールデンウィークのうきうきした気分の中、筆者も心から楽しい気分を味わうことができました。
ゴトビキ岩。熊野速玉大社の隣にある神倉神社にある。撮影は2016年の再訪時
最後は、JR新宮駅から徒歩15分ほどの距離にある熊野速玉大社へ。本殿で参拝した後、ここの名物である樹齢1000年の梛(なぎ)の木や、自然信仰の時代に御神体として崇められてきたゴトビキ岩を見て回りました。
それから、熊野三山のシンボルである八咫烏(やたがらす)のお守りを購入。三本足のカラスである八咫烏は、人を導く神の使いと言われており、日本サッカー協会のシンボルマークにもなっています。
「これからいいことがありますように」。お守りを手にもう1度本殿でお参りした後は、もう帰る時間です。
帰りの特急「くろしお」に乗り、大阪に到着するまでぐっすり眠りました。
再び巡礼の地に来て
筆者が現在住んでいる香川県三豊市にあるお遍路の寺、弥谷寺(いやだにじ)から見た風景
あれから10年を経た今、少しずつ、人生をよい方向に変えてくることができたと感じています。
筆者は2019年4月から四国の香川県に住んでいます。四国はお遍路という巡礼路で知られており、筆者の家の近くにも、白装束の巡礼者が多く訪れます。
この人たちも、かつての自分と同じような気持ちで歩いているのだろうか……。彼ら・彼女らを見るたびに、そう思います。
旅を1回や2回したところで、人はすぐ変われるものではない。でも旅が、人を救うきっかけになることもある。
熊野古道は今日も、かつての筆者のような若者たちに、道を示してくれているのかもしれません。
企業のIR/CSR分野のPR、国際協力分野の情報誌編集を経て、2017年10月にMATCHAに参加しました。2019年4月から香川県三豊市に移住。訪日観光客向けの記事を書くほか、地域おこしにも携わっています。
インターネットサービスやレンタカー、ホテルなどのほか、また西日本の観光スポットの記事を主に担当しています。